――歴史と背景から学べる「現代ミュージカルの入門書」――伊藤和弘 / ライター週刊読書人2020年6月26日号(3345号)転生する物語 アダプテーションの愉しみ著 者:渡辺諒出版社:春風社ISBN13:978-4-86110-685-9おもしろい映画を観たあと、あるいは今ひとつ理解できなかった映画を観たあとは原作の小説を読んでみたくなる。好きな小説やマンガが映画化されたら必ず観に行く、という人も少なくないだろう。最近はマンガの世界でもリメイクがはやっていて、手塚治虫作品をはじめ昭和の名作に次々と新たな生命が吹き込まれている。 両者を比べてみると原作そのままということはなく、大なり小なり何かしら違いがあるものだ。いくら原作に忠実とうたってもまったく同じということはあり得ない。それに文句をつける原作のファンもいるが、むしろその「違い」を楽しむことこそ映画化やリメイクの醍醐味だろう。 本書は誰もが知る古典の〝アダプテーション〟(翻案)作品を紹介しつつ、刺激的な考察を重ねていく。著者・渡辺諒はフランス現代思想を専門とする早稲田大学教育学部の教授だが、ミュージカルに関する造詣も深く、著作を何冊も出している。今回取り上げた古典のアダプテーションも、オペラ化や映画化を経て最終的にはすべてミュージカルになっているものばかりだ。 シェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』と『マクベス』、モーツァルトのオペラ『ドン・ジョヴァンニ』(もとはモリエールの戯曲)、ビゼーのオペラ『カルメン』(もとはメリメの小説)、プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』(もとはミュルジュールの小説)、ルルーの小説『オペラ座の怪人』、サン=テグジュペリの小説『星の王子さま』と、十六世紀から第二次世界大戦までに生まれた古典七作品が時代順に取り上げられる。これらすべてがミュージカルになっているだけでなく、宝塚歌劇団が七作のうち五作も手がけていることにも驚かされた。 広く知られているように、一九五七年に初演されたミュージカルの古典『ウエスト・サイド・ストーリー』は二十世紀のニューヨークを舞台にした『ロミオとジュリエット』の翻案だ。ロミオはトニー、ジュリエットはマリアという名前に変わるが、原作と違ってマリアがトニーのあとを追わないのはなぜか? 二〇〇一年にはプレスギュルヴィックによるフランス・ミュージカル『ロミオとジュリエット』が作られた。ここでは白いドレスをまとった女性「死」が舞台に現れ、さらにこれを翻案した宝塚版(二〇一〇年)では「死」に加えてベージュのドレスをまとった「愛」も登場するという。 史上最大のプレイボーイとして名高いオペラ『ドン・ジョヴァンニ』の主人公は、神も愛も信じず、最後まで「変わらない」悪漢だった。ところがグレイのミュージカル『ドン・ジュアン』(二〇〇四年)では彼が愛に目覚め、「変わる」ことが大きなポイントになっている。 数ある翻案作品の中でも、最も原作を改変したと評されるのがオペラ『ラ・ボエーム』の舞台を八〇年代のニューヨークに移したラーソンのロック・ミュージカル『レント』(一九九六年)だ。最大の違いはミミが死なないことで、「『ラ・ボエーム』は死で終わるオペラだが、『レント』は死から始まるミュージカル」になっていると著者は分析する。 誰もが知る古典を現代に通じる物語として新たに生まれ変わらせる――。昔からアレンジや改良を得意とする日本人にとって、アダプテーションは意外になじみ深い試みではないだろうか。オペラやミュージカルのファンには大いに楽しめることはもちろん、歴史と背景から学べる「現代ミュージカルの入門書」としてもお薦めしたい。(いとう・かずひろ=ライター) ★わたなべ・りょう=早稲田大学教育学部教授・フランス現代思想・文学。著書に『「エリザベート」読本 ウィーンから日本へ』『フランス・ミュージカルへの招待』など。一九五二年生。