――日韓における市民連帯の可能性を窺わせる聞き取り――鈴木裕子 / 女性史研究者・日本近現代女性史・日韓近現代史週刊読書人2021年8月13日号時務の研究者 姜徳相 在日として日本の植民地史を考える著 者:姜徳相聞き書き刊行委員会(編)出版社:三一書房ISBN13:978-4-380-21000-6 本書は、つい先日亡くなった在日の朝鮮韓国近現代史の泰斗姜徳相氏の生い立ちから始まり、研究者としてまた在日韓人歴史資料館や文化センター・アリランの創設に関わり、館長として広く文化・社会活動を牽引された氏の側面を描いた著作である。興味深いのは、聞き手の八人が日本人女性であると思われること、彼女らが姜徳相氏に敬愛の念を抱いていることである。このことは日韓における市民連帯の可能性を窺わせるものである。 わたくしたちは「日韓の女性と歴史を考える会」の公開学習会において姜徳相氏をしばしばお呼びし、お話を伺ったことがある。その内容は聞き手によってはかなり辛辣であり、ご自身もそれをよく認識されていた。いうならば朝鮮韓国史を通して日本近現代史の在り方を厳しく問うものである。さらに「拉致」事件への対応をみるように、敵対心に逸る日本人の朝鮮・韓国観を率直に批判された。姜徳相氏のお話をよく嚙みしめれば当然のことながら、敗戦後も戦争責任や植民地責任を取らず、戦後賠償問題などいまだに未解決のままにしていることから考えるとまさに警世の言といえた。 一九三一年生れで満二歳で渡日し、日本で皇国民教育を受け、解放後も日本人として生き、母のつくるお弁当にキムチなどが入っているので、学校にはお弁当を持たずに行ったことからも察せられるように朝鮮人として生きることが憚れた。これは姜氏に問題があるというよりも、朝鮮人として生きることを困難とする日本社会の強い偏見と差別が依然として存在することを示す。早稲田大学に進んだ姜氏は、当初中国史を専攻するが、やがて朝鮮史へと転じる。その中で朝鮮人宣言を行う。盟友ともいうべき宮田節子、梶村秀樹氏らと友邦協会の穂積真六郎らと朝鮮近代史料研究会をもち、かつての朝鮮総督府の高官たちの聞き取りを行う。これを穂積ゼミと呼び、朝鮮史研究の揺籃という。姜氏は早大大学院から明治大学大学院へと移り、研究者としての道を歩み出す。 最初の大きな仕事は二三年の関東大震災時における朝鮮人への大量虐殺であった。まず、取り組んだのは資料の収集と公開である。みすず書房から『現代史資料6 関東大震災と朝鮮人』を出版(六三年)、ついで『関東大震災』を著し(中央公論社、七五年)、さらに次々と未公開資料を掘り起し、公刊。 官憲が意図的に流したデマを日本の民衆が信じ込み、大地震と火災の中で逃げまわっている朝鮮人を無慈悲にも虐殺。姜氏の手法は、前述のように官憲資料に基づき、事実を叙述する(二三一-二三二頁)。これにより虐殺の事実は否定できない。朝鮮人なら殺しても構わないという支配エリートの意思が示されている。一九年の三一運動、遡れば甲午農民戦争などの義兵闘争、間島や上海などにおける独立運動に対する容赦ない武力行使・殺戮行為に日本の植民地統治の本質が透けて見える。関東大震災時の朝鮮人大量虐殺は右のような殺戮行為の延長線上にあった。大虐殺は偶発的なものではなく、朝鮮民族解放闘争の国際化を背景とする侵略と抵抗が生み出した民族対決と明快に説明される(二三三-二四一頁)。 姜史学は徹底して実証主義であり、かつ論理が明快である。またその史学は日本近現代史をも問わずにはおかない。日本の近現代歴史学者は朝鮮韓国の歴史を欠落させることをいまや許されまい。(すずき・ゆうこ=女性史研究者・日本近現代女性史・日韓近現代史)★カン ドクサン(一九三一~二〇二一)=日本統治時代の朝鮮出身の歴史学者・滋賀県立大学名誉教授。専門は朝鮮近現代史、特に朝鮮独立運動。一橋大学教授、文化センター・アリラン、在日韓人歴史資料館の館長を歴任。著書に『関東大震災』『朝鮮独立運動の群像』など。