発見に満ちた展覧会と対談の記録浦島茂世 / 美術ライター週刊読書人2020年10月30日号つづくで起こったこと 「ミナ ペルホネン/皆川明 つづく」展著 者:ミナ ペルホネン/皆川明出版社:青幻舎ISBN13:978-4-86152-802-6http://www.seigensha.com/newbook/2020/07/10123153 昨年一一月から今年の二月まで東京都現代美術館で開催された「ミナ ペルホネン/皆川明 つづく」は、非常に刺激的な展覧会であった。ミナ ペルホネンとはデザイナーの皆川明が「せめて一〇〇年つづくブランドに」という思いで立ち上げ、二〇二〇年で二五周年を迎えたブランド。生地からオリジナルで作り上げたシンプルなスタイルの服は世代を問わず愛され続け、その活動は服にとどまらず、インテリアや食器など生活全般に広がり続けている。 通常、ファッションやブランドに焦点を当てた展覧会は、過去から現在への時間の移り変わりのなかで、デザイナーの思考やプロダクトがいかに進化したのかを浮かび上がらせていく。彼らがいかに時代や社会を先取りしていったのかをたたえていくのがセオリーだ。もしココ・シャネルの展覧会だったらジャージー素材を取り入れた服を作ったことが、クリスチャン・ディオールの展覧会だったらニュールックなどがトピックとして挙げられるだろうか。 しかし、「つづく」展は、大きく違っていた。時系列を用いず、いくつかの抽象的なカテゴリーで(ときには服のない空間もあった)、ミナ ペルホネンの変わらなさを追求し、皆川の哲学を浮き上がらせていく。象徴的だったのは「洋服の森」と名付けられた展示空間。設立当初から二〇二〇年春夏コレクションまで、約二五年分の服を四〇〇着以上で埋め尽くされた服でできた〝森〟の風景は、どの服が新しいのか、古いのか、ミナのスタッフやファンでなければわからないものであった。すべてが最新作であると言われればそのように思えるし、二五年前の服である、と言われても納得する、時間を超越した空間だったのだ。そんな挑戦的な部分が多々あった展覧会は大好評で、九三日間の会期中に約一四万人が訪れたという。 本書はこの展覧会で開催された数多くのイベントの模様をダイジェストにしてまとめたものだ。通常、展覧会は展示作品や展示風景、学芸員の論考などをまとめた図録が制作される。しかし、展覧会をよりいっそう深く楽しむため(多くは動員目的の部分もあるけれど)に企画されたイベントの類は、きちんとした記録に残されにくい。残されていたとしても、企画担当者によるシンプルなレポートであったりすることばかりだ。そのような状況下で、展覧会の対象人物が何を語っていたのかを詳細に記した本書は非常に意義のあるものだ。本書において、皆川は一二名のアーティストと言葉を交わす。しかし、皆川が語る言葉の内容はあまり変わらない。対談相手が変わっても変わっても、彼は常に同じ想いを同じ言葉、内容、思い出で語る。揺らぐことがないのだ。 本書に収録された対談では、皆川は服の生産をお願いしているパートナー企業や職人を本当に大切にしていることがわかる。綿密に打ち合わせを重ね、相手先で可能な技術、得意な表現を把握し、その上でハイクオリティな発注を行っている。その過程は対談や鼎談のなかで数回登場してくるのだが、何回読んでも新しい発見がある。それは、建築家の田根剛や中村好文、演劇作家の藤田貴大、コピーライターの糸井重里など皆川とともに仕事をした対談相手が、自らの皆川との協業経験を交えて、彼ののんびりとしたプロセスにどのような意味があるのかを、専門家の立ち位置から、異なる角度で光を当ててくれるからだ。その光によって皆川が目指しているものの輪郭線がはっきり見えてくる、これがとても面白い。変わらない皆川という山を三六〇度から鑑賞している感じになる。 よくよく考えてみると、皆川の語る「せめて一〇〇年つづけたい」という願いは非常に壮大な野望だ。先に挙げたシャネルだって、二〇二〇年でようやく一一一年、ディオールはまだ七三年の歴史しかない。ほかの世界的に有名なブランドも一〇〇年以上続いているところはほとんどない。けれども、本書を読み進めていくと、皆川がいなくなったあともミナ ペルホネンが一〇〇年続くことが当然のように思えてくる。皆川の考えるミナは、現在のスタッフ、そして協業するクリエイターや職人たちにしっかりと共有されているし、この本の読者も、その想いを受け止めたはずだからだ。ミナ ペルホネンの一〇〇周年まであと七五年。いったいどのようなブランドになっているだろう? 見届けられる次世代の人々が本当にうらやましい。(うらしま・もよ=美術ライター)★みながわ・あきら=デザイナー。一九九五年に「minä」を設立。手作業の図案によるデザインテキスタイルデザイン、衣服や家具、空間ディレクションなどのデザイン活動を展開する。一九六七年生。