――「スペインとは何か」という問いを、つぎの世代に引き継ぐために――平井うらら / 同志社大学講師・詩人週刊読書人2020年5月22日号(3340号)スペイン通史著 者:川成洋出版社:丸善出版ISBN13:978-4-621-30404-4本書は、スペイン内戦の世界史的な意味について長く研究してきた著者が、あらためてスペインの歴史を捉えなおして記述したものである。 著者は本書の「はじめに」で、「起こったことが話題にならず、話題にならなかったことが起こる、これが二十世紀のスペインだ」という、哲学者フリアン・マリアースの印象的な言葉を引用している。この言葉をスペイン内戦に適用すれば、たとえばコミンテルン傘下のスペイン共産党が、アナキストやコミンテルンに批判的な共産主義者たちをつぎつぎに武装解除し虐殺していった、というようなことを指す。あるいは、五五カ国から共和国防衛のために参戦した約四万人の「国際旅団」の義勇兵たちが、戦後に帰還した祖国で強いられた過酷な運命のことを指す。あるいはまた、内戦のせいで大量に生まれた難民や亡命者たちを襲った長い苦難のことでもある。これらのことは、その当時においては誰も予想していなかった事態であり、これらの事実はその存在そのものが伏せられたのである。これらのことを追及していくと、ヨーロッパとは何か、世界史とは何か、という問いに行きつく。その意味で著者は、この言葉が実は「二十世紀」だけではなく、スペインの歴史そのものを貫いていると指摘している。 世界史はついこの間まで、「いち早く近代化を達成したヨーロッパが、世界制覇を実現する過程」という「大きな物語」として語られてきた。そのなかでスペインは、かつては世界史の先頭をきっていながら、いつのまにか「進歩」とは別の道を歩むようになる。つまりスペイン史は、「大きな物語とは別の、もうひとつの物語」なのである。引用されている言葉は、このことを明示してもいる。つまりスペイン史は、「世界史におけるひとつの謎」として立ち顕れている。本書は、その謎への果敢な挑戦である。 本書は、全十八章で構成されている。目次を見てすぐわかることは、この通史を古代・中世・近世などと区分けしたうえで整序していないことだ。章立てはそのような区分を入れることなく、スペイン史のフェーズが変わるごとに、それに従って順々に立てられている。このことによって、スペイン史が「大きな物語とは別の物語」であることが示されているのである。 さらに「第4章、イスラム・スペイン」はくわしく述べられていて、スペイン史におけるひとつの独立した主体として、アラブの勢力をきちんと認めるという姿勢が表れている。それは、古代におけるポエニ戦争の一方の主体であるカルタゴを、ローマと対等な主体として描くという姿勢と連動している。 「15章スペイン内戦、16章フランコ体制、17章現代史」の三章はとくに充実していて、スペイン内戦だけでなく、フランコ体制の推移、そしてそれ以降の脱フランコを経過して現在に至る過程も、抑制的客観的に述べられている。専門書は別として、「スペイン現代史」が通史の中でわかりやすく述べられていることは、貴重なことである。 最終章である18章では、とくに日西関係を採り上げて、第二次大戦期における両国の知られざる関係が詳しく述べられており、興味深いものがある。 評者もながく、内戦の初期にフランコ叛乱軍勢によって虐殺された、世界的な詩人で劇作家のガルシア・ロルカの研究に携わってきた。ロルカは、スペイン人としての自己のアイデンティティを、「レコンキスタ以降のスペイン」ではなく、「古代から受け継がれてきた自由と共生のスペイン」に置いた。そこにこそ、汲んでも尽きない作品の源があった。その意味で、ロルカはスペインの歴史の総体を背負っていたともいえる。本書は、このような「ロルカのスペイン」と共鳴している。著者が「レコンキスタ」を、いままで一般的であった「国土回復運動」と訳さず、「国土再征服戦争」と訳していることからも、そのことは明らかである。 手元において何度でも開きたい、刺激的なスペイン史書である。(ひらい・うらら=同志社大学講師・詩人) ★かわなり・よう=法政大学名誉教授、スペイン現代史学会会長、書評家、武道家。博士(社会学)。著書に『スペイン未完の現代史』『スペイン通信自由への闘い』『紳士の国のインテリジェンス』など。一九四二年生。