書評キャンパス―大学生がススメる本―渡辺亮太 / 名古屋学院大学現代社会学部現代社会学科2年週刊読書人2021年10月1日号奈落著 者:古市憲寿出版社:新潮社ISBN13:978-4-10-352692-6 これまでの人生は、自分の選択によって決めてきた。進学する学校やアルバイト先、着る服やこの書評を執筆することなど、すべて自分で決めた。ありふれたフレーズだが人生は選択の連続だ。しかしその選択がある日、急に不可能になったらどうなるのだろうか。本書は筆者に、そんな想像をさせてくれた。 かつて国民的歌手であった主人公の香織は、コンサート中に奈落に落ちたことが原因で全身不随となった。それから香織は話すことはおろか、指先を動かすことすらままならなくなってしまった。どれだけあがいても意思表示ができず、自己決定は不可能で、二十年もの間自分の身体に閉じ込められながら、ただただ時代に取り残されていく生活に苦しみ続けることになる。「ある日、急に太ることはできなくても、ある日、急に人生が変わることはあり得る」。この一文を読んだ瞬間、この小説をただのフィクションと捉えるべきではなく、誰しも起こりうる可能性のある絶望を、当事者の視点から読者にリアルに感じさせてくれる一書だと思った。 筆者はこれまでの人生で大きな絶望を感じることはなかった。正確に言えば、本書を読み終えてからそう感じるようになった。無論、今まですべてのことがうまくいってきたわけではないし、それなりに大きな失敗をし続けながら生きてきた。しかし、本書の主人公はそれらをはるかに上回る絶望を経験していた。例えば、事故から目を覚まして9日目、今まで香織を邪険にしてきた母と姉が、マネージャーに対して悲劇のヒロインのような態度を演じて、他人から見たら仲睦まじい家族にしか見えない状況に怒りを覚えるも、何の意思表示もできないことに、悔しさを感じるしかない描写があった。他にも筆者には到底耐えられないようなつらい経験が多く記されており、読み進めていくうちに、これまで自分が感じてきた絶望が、どこか遠くに吹き飛ばされたような感覚になった。 また、本書は家族の在り方に対する一般的な認識を見つめ直すきっかけをくれた。著者である古市氏はテレビやインタビューなどで、度々家族に対する持論を投げかけてきた。簡潔に述べれば、家族というのは自分で選べるものではなく、実際には自分で選べる友達のほうがよほど分かり合えるのに、家族は誰よりも分かり合えるという幻想がある、というものだ。この考え方は本書にも強く反映されており、香織と家族である母、姉との波長の合わなさが多く描かれていたが、友人である男性とは、香織がその時の自分たちにとって一番に必要な言葉を数えきれないくらい交わしたと感じているほど分かり合えていた。 筆者も家族と価値観が合わないと感じることは少なくなく、そのたびに言い争いをすることや、家族なのにどうして理解してくれないのだろうと思うことは多々ある。本書はそんな筆者に対して、それは決して特別なことではないと気づかせてくれたと同時に、簡単に分かり合えることが当たり前でないからこそ、お互いに理解しようとすることが大切だと思えた。 本書は自分の人生に絶望感を抱く方や、家族と価値観が合わずに苦しんでいる方が、相対的に自身の人生に幸福を感じられたり、あるいは共感できる部分が多くある小説だと思う。決して明るい物語とは言えないが、別の角度から勇気を与えてくれる小説だ。ぜひ読んでいただきたい一書である。★わたなべ・りょうた=名古屋学院大学現代社会学部現代社会学科2年。最近東京リベンジャーズにハマり、不良になろうと志すが、周囲の人間に強く止められた為断念した。