――回復力(レジリエンス)の高い社会を目指して――関礼子 / 立教大学教授・社会学週刊読書人2021年7月9日号災害女性学をつくる著 者:浅野富美枝・天童睦子(編)出版社:生活思想社ISBN13:978-4-916112-32-3 本書が標榜する災害女性学は、「災害のなかで女性たちが直面する諸問題を解明する可能性を持つ」とともに、「災害と女性の現実・現場から出発する実践知であり、学際的知」である。 災害時に女性の視点が重要であるということは、阪神・淡路大震災で指摘され、東日本大震災で意識化された。災害時の女性たちは、実に弱い立場におかれる。発災直後は、生理用品や女性用下着、ミルクやベビー用品などの支援物資が不足し、避難所では授乳や着替えをする最低限のプライバシーが保たれないばかりか、レイプなど性暴力にさらされる。支援金などは世帯単位での支給となるため、DVなどが理由で別居中であっても妻は受け取れない。災害で失職し、経済的に不安定な状況に追いやられる。まさに津波で被災した現地を訪ね、資料を読み、話を聞いて書かれた小説『女たちの避難所』(垣谷美雨、二〇一七年)が、丁寧に描いた女性たちの窮状そのものだ。 その困難に対する処方箋を、本書は被災地の現実・現場から描き出す。男女共同参画社会の実現のために活動してきた「イコールネット仙台」は、東日本大震災の被災地で女性を地域防災の担い手としてエンパワーメントする「女性のための防災リーダー養成講座」を実施した。心理士有志が組織した「ケア宮城」は、教育委員会と連携して、子どもの支援にかかわるための支援者支援研修会を行い、子どもと「子どもを支援する人」を支援する活動を展開した。 東日本大震災は、「男女共同参画の視点が欠かせないということを明記した災害」であり、「男女共同参画センターが災害・防災への取り組みを本格的に行うきっかけ」でもあった。そこで蓄積された実践知は、熊本地震で試されることになった。自治体職員の大幅削減や災害時に要支援となる高齢者の増加にもかかわらず、被災地の男女共同参画センターがオフィシャルに多面的な活動を展開したこと、平時から熊本市では女性管理職の育成に力を入れてきたことが被災者支援の質を高めたと指摘されている。 平時と非常時は連続している。未だ出口の見えない新型コロナウィルス(コロナ)の流行という新たな災害も、本書の射程内にある。いったい、「回復力(レジリエンスresilience)の高い社会にとって、どのような社会的要因が重要なのか」。本書は三つの政策的課題をあげている。 第一は、支援するひとを支える仕組みの構築である。なるほど、医療従事者や自治体職員らに対する支援は乏しい。過労死レベルの労働環境を常態化させ、「いともたやすく人としての権利、尊厳といった普遍的な価値を後方に追いや」ってしまっている。第二は、世帯単位での支援の限界と弊害を認識し、個人を単位に支援を行うことである。コロナの給付金は世帯単位ではなく個人単位で行われたが、さらに進んで、社会保障制度全般に個人単位原理を導入する必要があるという指摘は、瞠目すべきである。第三は、女性が置かれている劣位の状況を客観的に把握するジェンダー統計の必要性である。 災害女性学は、男女共同参画社会の実現によるレジリエンスある社会こそが、災害に強靭な社会であることを指し示す。それは、災害時に被害を受けやすい子ども、マイノリティ、障がい者など、平時に周辺化された人びととの共同参画社会を構想する狼煙でもあるだろう。(せき・れいこ=立教大学教授・社会学)★あさの・ふみえ=宮城学院女子大学生活環境科学研究所員・元同大学教授・家族社会学。埼玉県吉川市防災会議委員、吉川市男女共同参画審議会会長。著書に『みやぎ3・11「人間の復興」を担う女性たち』など。★てんどう・むつこ=宮城学院女子大学一般教育部教授・女性学・教育社会学。博士(教育学)。日本教育社会学会理事、登米市男女共同参画審議会会長。著書に『女性のエンパワメントと教育の未来』『女性・人権・生きること』など。