――伝記的研究から始まる食生活研究と文学研究――田中淑子 / 元川村学園女子大学教授・英国小説週刊読書人2020年11月27日号ブロンテ姉妹の食生活 生涯、作品、社会をもとに著 者:宇田和子出版社:開文社出版ISBN13:978-4-87571-883-3『ジェイン・エア』、『嵐が丘』、『アグネス・グレイ』の作者であるブロンテ姉妹や登場人物は何を食べていたのだろう。本書がこの質問に答えてくれる。本書は言わば〈食〉で読むブロンテ姉妹である。著者の宇田氏は食べることは人間の文化的営みであるばかりか、社会問題にも有機的に関わっていると捉えている。食の研究が文学研究へと繫がったのは、料理好きが高じて製菓衛生師の資格をもつ英文学の専門家である宇田氏ならではの業績である。 八章の構成である。第一章「ブロンテ家の時代」に於いては、姉妹が活躍したヴィクトリア朝時代には植民地拡張により異国の食物が豪華に食卓に並んだが、「基本的にはブロンテ家の家庭食は召使の作るヨークシャー料理」であったと指摘される。しかし、家庭教師の勤務先、ロンドン、ベルギーに出かけた姉妹は様々な食事を知っていたと断っている。第二章では父パトリックが紹介される。子供たちに「肉を食べさせなかった」とギャスケルの伝記に記述された奇行を、宇田氏は日誌や使用人の証言から誤りではないかと推測し、健康な食事に腐心した父親像を浮き張りにする。第三章では、死去した妹の家族を助けるために牧師館に来た伯母エリザベス・ブランウェルがビール作りをしていたことや、遺産を通して姉妹の小説出版に貢献したことが指摘される。しかし、資料が少なくブロンテ研究において彼女に一層の光が当たることを望んでいる。第四章では一人息子で前途を嘱望されていたブランウェルの挫折を通して、飲酒の問題が検討される。アルコール中毒により絵画と文学の才能を消耗させた彼の姿は姉妹の創作に影響を与えた。第五章は、今までに関心を向けられなかった召使たちが作る料理や台所用品が紹介される具体的で興味深い章である。第六章は「食でみる『ジェイン・エア』」を扱う。主人公の移動する五ヶ所の食生活を追いながら彼女の成長を考察する。宇田氏はその遍歴を「でんぷん主体からタンパク質へ」と捉えて、居候で食べない子が、結末では幸せな結婚をして鶏を食する姿を描き、食の変遷が愛ある家庭の形成という作品のテーマと密接に関連していると分析する。第七章のエミリは、パン作りの名人である一方で、社交を嫌い牧師館と周辺の荒野で世俗から超然として生きた。その特色は『嵐が丘』にもみられる。食事風景がリアルに描かれる一方で、主人公たちは魂の自由と孤高を守るために絶食するという超越性を示し、それら二つが不思議に共存するとした卓見である。第八章の『アグネス・グレイ』はアンの家庭教師の経験をもとに書かれた。食事が登場人物の人柄や道徳観の判断基準となり、現実の中で勤勉や道徳を重視し自立するヒロインが描かれる。 英国北部の貧しい牧師館で営まれた家族の伝記的研究から始まる食生活の研究と文学研究は、多くの図版、写真、表、レシピなどを交えて分かりやすい。伝記の部分の重複が気になるが、読者に親切で読みやすい本である。(たなか・よしこ=元川村学園女子大学教授・英国小説)★うだ・かずこ=埼玉大学名誉教授・英語文学・イギリス小説・文化。著書に『私のネパール菓子』『ブロンテと芸術』『シドニーのそれぞれ楽しいご飯たち』など。