日本美術の広がりを知る 加須屋誠 / 京都市立芸術大学客員研究員・日本美術史週刊読書人2022年1月28日号 法華衆の芸術著 者:高橋伸城出版社:第三文明社ISBN13:978-4-476-03402-8 本阿弥光悦・俵屋宗達・狩野永徳・長谷川等伯・樂道入・狩野探幽・尾形光琳・尾形乾山・葛飾北斎・歌川国芳・河鍋暁斎・神坂雪佳・速水御舟。いずれも近世から近代にかけて活躍した巨匠であり、これまでにも各人に関する研究書や画集が数多く刊行されてきた。そうしたなかにあって、本書が革新的なのは「法華衆」という枠組で彼らをとらえたことだ。「法華衆」とは、鎌倉時代の日蓮上人の教えを信奉した人たちである。日本各地で法華宗(日蓮宗)の信仰が広まるにつれて、安土桃山時代以降に優れた芸術家を次々と輩出した。それが本書が取り上げる巨匠たちである。 彼らの作品は一見すると、その多くは動植物や風景などを主題としていて、いわゆる宗教美術(仏像や仏画など)とは異なる。また、一人ひとりの表現は個性的で、なにか統一されたスタイルが見出されるわけでもない。けれども「法華衆」という新たな枠組で見直してみると、繫がりが見えてくる。光悦が活動した京都の鷹峯は創作と信仰のネット・ワークの拠点となった。光悦は宗達と合作を行い、あるいは樂家三代と親しく交わった。曾祖父が光悦の姉を妻に娶り、従兄弟が楽家の婿養子であった光琳は、宗達の画風を継承発展させた。それはのちに、琳派と称される日本絵画の一大潮流となる。画風こそ違うが、北斎もまた日蓮上人を深く尊祟した。河鍋暁斎は琳派の大成者である鈴木其一の娘を妻に迎え、実母の死に際しては題目を唱え、そして生涯にわたり数多くの作品を描き続けた。神坂雪佳は、明治時代の一時期に光悦の名声が下火になるとあらためて光悦を顕彰し、速水御舟の「御舟」という雅号は、宗達の作品に由来するものである。時代を超えて、人と人とが繫がる。その脈路を支えるのが信仰であり、この信仰が目に見えない水脈となり、そこから養分を得た作家たちが、それぞれ大輪の花を咲かせた。それが安土桃山時代から明治時代の美術であった。「法華衆」という枠組から生まれた作品は、時間ばかりか空間も繫げていく。雪の中を旅する日蓮上人の姿を描いた歌川国芳の錦絵は、海を渡って、フランスの印象派の画家クロード・モネの自宅に飾られた。光悦や光琳・北斎はじめ、この時期の作品は一九世紀半ばヨーロッパでの日本美術ブーム(ジャポニズム)の流れのなかで海外で高く評価された。その評価は現在にも続く。 本書は著者・高橋伸城氏による各作家毎の論説とともに、二つの対談を収録する。最初の対談相手である現代美術家・宮島達男氏は、「法華衆」の芸術は現代美術に通じると鋭く指摘する。どちらも人と人とのコラボレーション(協働)を通じて感覚を磨き、出来上がった作品は高位の者から庶民まで広くに受け入れられることを目指す。だから、日本美術は世界に通用するものとなったと説く。また、もう一人の対談相手である美術史家・河野元昭氏は法華宗の作品に対する深い想いを次のように述べている。「花鳥画」も「山水画」もすべて釈迦の教えに満ちた世界を具現化したものである。だから「法華衆」の芸術は仏教の根本理念に基づいて、多様な主題を自由な画風で描くことが出来たのだろう。対談が今後のさらなる視野の広がりを示唆している。 本書は大きなテーマを簡潔で平易な文章で綴る。もっと深く学びたい読者のために、参考文献を記した註も充実している。掲載のカラー図版はどれも美しく、巻末の法華衆関連年表は作家の人生と時代の動きを知る上で有益である。著者・対談者そして編集者の誠実さが随所に見て取れる良書である。(かすや・まこと=京都市立芸術大学客員研究員・日本美術史)★たかはし・のぶしろ=ライター・美術史家・翻訳家。