――世界の昔話のタイプインデックス、最新の成果を導入――石井正己 / 東京学芸大学教授・韓国比較民俗学会顧問・民俗学週刊読書人2020年6月12日号(3343号)韓国昔話集成 全8巻著 者:崔仁鶴出版社:悠書館二〇一三年から六年あまりの歳月をかけて、韓国昔話研究の重鎮・崔仁鶴と協力者の夫人・厳鎔姫の編著『韓国昔話集成』全八巻が完結した。韓国に伝わる五〇〇〇余話の昔話を、国際的な基準によって、「動植物昔話」「本格昔話」「笑話」「形式譚」「神話的昔話」「その他(補遺)」に分類し、七〇四話型を抽出した。原文に忠実に翻訳された日本語で韓国に伝わる昔話を読むことのできる画期的な業績がここに上梓された。 これは、『昔話集成』(ソウル・集文堂、二〇〇三年)の日本語版である。出版にあたっては、両国研究者の緊密な協働があった。日本語版の編者・樋口淳が全体の進行を支え、辻井一美・田畑博子・李権熙(イ・ゴンヒ)・鄭裕江(チヨン・ユガン)が翻訳を行った。さらに、崔仁鶴・樋口淳に飯倉照平・斧原孝守が協力し、各話に要領を得た最新の解説を付した。これは日本語版の新たな試みで、韓国の昔話が日本・中国、さらに世界とどのような関係にあるのかが示された。 本集成が日本で出版された背景には、半世紀を遡る歴史があった。第8巻のインタビューで語られるように、崔仁鶴は東京教育大学に留学して和歌森太郎・直江広治に学び、一方で昔話の国際的な比較研究を進める関敬吾の指導を受けた。その成果を博士論文にまとめ、それをもとに『韓国昔話の研究』(弘文堂、一九七六年)を刊行した。これは初めて「韓国昔話のタイプインデックス」を示しただけでなく、日本の昔話をアジアにつなぐ回路を提供した。 本書もそれを基礎にするが、それだけではない。韓国で実施された調査を踏まえて語り手の情報を含む昔話を採り入れ、日本の植民地統治時代の昔話資料に対する批判的な評価を行い、日本・中国や世界で作られた昔話のタイプインデックスの最新の成果を導入した。その結果、私たちは韓国の昔話を理解するだけでなく、日本・中国の類話との関係も詳細に知ることができる。『韓国昔話の研究』から進んだ研究がアジアに視野を広げ、研究者のみならず、一般の人々に浸透する成果になった。 第8巻に、斧原孝守は「「もの言う亀」・「狗耕田」・「歌う猫」」を寄稿した。亀・牛・猫・山羊・蛙といった「もの言う動物」の類話群が東アジアに広がり、そこから中国で犬が畑を耕す「狗耕田」が生まれ、朝鮮半島に伝わって犬が転生する「兄弟と犬」になり、さらに日本で「花咲爺」や「雁取り爺」を生んだと見る。各話の解説は個別的なので、それらを総合するような理解を促す指標を提示する論考になっている。 さらに、樋口淳は「あとがき」で、本集成の価値と残された課題を述べる。儒教の影響下で男性と女性が別れて暮らす生活の中にあった昔話とその調査は、日本と中国の違いを際立たせて、興味深い。だが、本集成の資料は一九八〇年代までで止まり、国家プロジェクトとして行われた『韓国口碑文学大系』全五九巻の成果は含まれていない。このことは、韓国国内の研究のみならず、アジアの研究を考える上でも、なお残された宿題である。 それはともかくとして、今、新型コロナウイルスが世界中に拡大し、日本では緊急事態宣言が解除された。しかし、観光のみならず、学術交流も難しい状況が続き、日本と韓国の間で行われるべき対話は停滞したままになりそうだ。それだけに、国境を越えた協働によって本集成が完結した喜びは、実に大きい。私たちは、政治や経済ばかりでなく、学問の未来を考えなければならない。さらなる持続的発展を考えようとするならば、本集成はアジアの文化に関心を持つ人々が座右に置かなければならない基礎的な文献だと言っていい。(辻井一美・田畑博子・李権煕・鄭裕江訳)(いしい・まさみ=東京学芸大学教授・韓国比較民俗学会顧問・民俗学) ★チェ・インハク=東京教育大学に留学し、『韓国昔話百選』『韓国昔話の研究』を公表。帰国後は仁荷大学校で教鞭をとるかたわら、比較民俗学会を創設。〝A Type Index of Korean Folk-tales〟(明知大出版部)は韓国民話の国際比較研究の基本資料となっている。一九三四年生。