――「二つの降伏調印」と「沖縄の行政分離」の新論点――櫻澤誠 / 大阪教育大学准教授・日本近現代史週刊読書人2020年6月12日号(3343号)長い終戦 戦後初期の沖縄分離をめぐる行政過程著 者:コンペル・ラドミール出版社:成文社ISBN13:978-4-86520-047-8沖縄戦から沖縄分離への過程および恒久基地化は、近年、研究が盛んなテーマの一つである。本書は、日米双方の公文書を丹念に検討することで、「二つの降伏調印」(九月二日の東京と同七日の沖縄)と「沖縄の行政分離」における様々な結びつきを見出し、新たな論点を打ち出そうとした意欲的な研究だといえる。時期としては、日米双方における沖縄戦の準備段階から、一九四六年一月二九日のSCAPIN六七七号(「分離指令」)によって北緯三〇度以南が日本から分離されるまでを扱う。その際、特に重視されているのが、アクターとしてのマッカーサー(総司令部)であり、地域としての奄美(具体的には北緯三〇度以南の鹿児島県域)である。 「二つの降伏調印」については、沖縄戦以前からの米陸海軍間の対抗関係を丁寧に紐解き、沖縄および日本占領において、海軍(ニミッツ)に対して陸軍(マッカーサー)が優位となるなかで、北緯三〇度が境界とされていく過程が跡付けられている。「沖縄の行政分離」については、戦時体制から平時体制への転換を強調しつつ、占領初期に生じた日本と奄美・沖縄間の引揚げや、総選挙準備における奄美・沖縄の除外が、連合国軍総司令部による「分離指令」に帰結するものとして位置づけられている。そして、どちらにおいても境界領域となる奄美は重要な論点となっている。 丹念な史料調査と、常に「沖縄分離」をより大きな文脈に位置づけようとする意識が、本書の重要な特徴であろう。米陸海軍の統合作戦として展開した沖縄戦における米メディアの影響や、米国内における戦時動員解除・予算削減の圧力が初期の占領体制や基地建設に与えた影響なども、示唆に富むものである。 ただ一方で、「二つの降伏調印」については、東京と沖縄の降伏調印式が別物であるとする「二元論」と同一であるとする「一元論」に対して「もう一つの一元論」を掲げるが、そもそも「外地」での降伏調印として沖縄は特殊なのか否かという視点が必要ではないかと思われた。これに限らず、各章において先行研究を二項対立的に位置づける方法には疑問を抱いた。「沖縄の行政分離」についても、「分離指令」までを「長い終戦」として位置づけ、その後の歴史の前提として固定的に捉える見方には違和感を持った。本書では、「分離指令」に最終決定と明記されなかったことをネガティブに捉えているが、講和条約が最終決定となることは所与の前提であろう。実際、対日講和条約以前の一九五一年一二月五日に、北緯二九―三〇度間は返還されている。 沖縄関連の研究では、しばしば立場性が問われる。その意味で、旧チェコスロヴァキアに生まれ育ち、英語も日本語もネイティブとしない著者は「稀有」な存在だといえよう。「沖縄問題」に関心の強い読者からすると物足りなさを感じるかもしれない。だが、本書の根底にあるのは実直な実証であり、徹底して冷徹に一つの問題を突き詰めることで見えてくるものがある。その先は、我々読者にゆだねられているともいえよう。(さくらざわ・まこと=大阪教育大学准教授・日本近現代史)★コンペル・ラドミール=長崎大学多文化社会学部准教授・比較政治学。横浜国立大学大学院博士課程修了。論文に「太平洋戦争における「終戦」の過程――沖縄統治の形態と範囲をめぐる軍事と行政の相克」など。一九七六年生。