――メディアで表象される「怒り」に焦点を当てる――前嶋和弘 / 上智大学教授・アメリカ現代政治週刊読書人2021年2月26日号メディアと感情の政治学著 者:カリン・ウォール=ヨルゲンセン出版社:勁草書房ISBN13:978-4-326-35180-0 本書は、政治学やジャーナリズムにおける「感情」との関係、またその中でも「怒り」に焦点を当てている。 政治における感情の役割は、長年、軽視されてきたと著者は指摘する。なぜなら、感情は「合理的な議論の敵」とみなされる傾向があるためだ。報道機関は客観性と公平性を理想とし、模範的なジャーナリズムでは、感情的な内容は「センセーショナリズム」として切り捨てられる対象になってきた。 著者の最大の主張は、感情が常に理性的思考の敵として扱われてきたこの伝統についての批判である。さらにいえば、私たちの世界観や意味づけの中心にあるのが感情であるという。 そもそも、政治や報道の現場は、感情によって大きく左右されていることは直感的に考えれば、明らかである。政治家は、有権者の感情を利用する。市民が政治活動に参加しようとするのは、有権者が関心を持っているからである。その中には怒りや愛に近い感情も広く共有されている。トランプ現象の中心にあるのが、怒りであり、トランプ氏に対する強い愛情だ。ツイッターにあふれた怒りに満ちたポピュリズムは二〇二一年一月六日のトランプ支持者の議会襲撃の衝撃にもつながる。 ソーシャルメディアというプラットフォームは、感情を共有する。ソーシャルメディアのアフォーダンスが様々な形の感情表現を奨励していると著者は論じている。これらのアフォーダンスには、「いいね!」ボタンのようなデザイン要素だけでなく、絵文字(エモーティコン)の使用も含まれている。 実際、ソーシャルメディアは、幻滅した市民への感情的な訴えに大きく依存したポピュリズムを生み出す。イギリスでのブレクジットをめぐる一連の議論や、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ氏、ブラジルのジャイル・ボルソナロ氏のような指導者の台頭の背景にソーシャルメディアがあった。 報道でも同じだ。ニュースが視聴者や読者を魅了するのは、合理的な判断を下すための貴重な情報を含んでいるからだけでなく、個人的で感情的だが、むしろそうであるから説得力のあるストーリーが入っているためだ。著者の言葉を借りれば感情を含む物語は「真正性」を生み、共感の輪が広がっていく。 そのため、まずは感情を真摯に受け止めるという視点から始めることを著者は呼びかける。そして、感情がどのように構築され、媒介された公共生活を通じて循環するかについて、著者は繰り返しそのメカニズムを説く。実に興味深い主張である。 ただ、この感情を研究に織り込むことは既にアメリカをはじめ、日本などでの行動科学分野ではかなりすすんでいるのではないかと感じている。例えば、インターネットを使うことで一気に容易になったこともあり、ここ一〇年ほど、心理学的な実験手法は政治学を席捲しているといっても過言ではない。 この点を差し引いても、メディアで表象される怒りを正面から取り上げ、いかに分析に加えるかを検討した本書は画期的である。そしてトランプ現象とポピュリズムの問題を考えると、極めて時宜を得た一冊であることは間違いない。(三谷文栄・山腰修三訳)(まえしま・かずひろ=上智大学教授・アメリカ現代政治)★カリン・ウォール=ヨルゲンセン=イギリス、ウェールズのカーディフ大学ジャーナリズム・メディア・文化学部教授。