――異郷や流浪、隣人や言語など様々な対象――百木漠 / 立命館大学衣笠総合研究機構専門研究員・思想史週刊読書人2021年3月12日号ノスタルジー 我が家にいるとはどういうことか?著 者:バルバラ・カッサン出版社:花伝社ISBN13:978-4-7634-0950-8 この本を読んで初めて知ったのだが、「ノスタルジー」という語はもともと病名の一つであったそうだ。一説によれば、ルイ一四世に雇われた忠誠心の高い高額な傭兵たちが戦場でかかった病がそれである。そういえば、英語のホームシックという語にもsick(病)という語が入っている。ノスタルジーを感じるという表現は、今日ではロマンチックな響きをもっているが、元をたどれば、それは病のような心の苦しみを表す語であったのだ。故郷に戻りたいのに戻れない苦しみ、それが胸を締めつける。 ただし本書のポイントは、そうした郷愁の対象としての「故郷」と実際の生まれ故郷が必ずしも一致しない、というところにある。本書では、オデュッセウス、アエネアス、アーレント、そして著者カッサンがそれぞれに抱いたノスタルジーのあり様が語られるのだが、そのいずれにおいても、当事者がノスタルジーを抱く「故郷」と生まれ育った場所との間には絶えず一定のズレがある。 例えば、著者カッサン自身の場合は、自らが生まれ育ったフランスではなく、夫ともに過ごし、今は亡き夫が地中に眠るコルシカ島へのノスタルジーが語られる。パリで働き暮らすカッサンは、時折、コルシカ島へ「帰る」たびにこの上なく強いノスタルジーを感じるという。「私が我が家にいないときほど、私は我が家にいると感じる」という矛盾した表現でカッサンはそれを語っている。 次に語られる『オデュッセイア』の物語は有名だ。トロイア戦争後、オデュッセウスは様々な冒険と苦難を経て、ようやく帰郷を果たすのだが、変わり果てた風貌のために、彼は誰からも気づかれない。オデュッセウスは怒りと悲しみに暮れながら、妻への求婚者と裏切った侍女を皆殺しにして帰還を宣言するのだが、はや翌日には再び旅立っていく。カッサンはここに、帰還の欲望を表すHeimweh(ハイムヴェー)と開かれた故郷を志向するSehnsucht(ゼーンズーフト)という二つのノスタルジーのあり方(緊張関係)を見て取っている。『アエネーイス』の物語ではどうか。トロイア陥落後、父を背負い、息子の手を引いて脱出したアエネアスは、放浪ののち新天地イタリアへ行き着く。その地で王に認められ、婿として迎え入れられたアエネアスは、そこに「新たな故郷」、のちのローマを築くことになる。異郷に新たな故郷を築くという「落ち延び」と「創設」がこの物語の主題となっているが、それはもはや帰る場所を失った者にとっての別のノスタルジーのあり方を示している。 最後にアーレント。彼女はナチスによるユダヤ迫害を逃れてベルリンからパリへ、パリからニューヨークへと十八年間に及ぶ亡命生活を送った。戦後も母国へ戻ることなく「自覚的パーリア」を自認したアーレントにとって、ノスタルジーを感じる対象はドイツ国家でもユダヤ民族でもなく、ドイツ語という母語だった。多言語を巧みに使いこなしたアーレントだが、母語で多くの詩を暗誦した若き日々の記憶こそが彼女に郷愁を感じさせるものだった。あえて「根無し草」であり続けたアーレントもまた、通常とは異なる方法でノスタルジーを体現している。 かように、ノスタルジーの対象は生まれ故郷だけでなく、異郷、流浪、隣人、言語など様々な対象でありうる。そして、自分自身や自分の隣人や自分の言語を迎え入れてもらった時にこそ、人は「我が家にいる」と感じるのだ、とカッサンは最後に述べている。 今日においては、もはや分かりやすく固定的な「生まれ故郷」をもっている人のほうが少数派であろう。かといって、われわれがノスタルジーという感情(あるいは病)を失うことはない。われわれは様々な対象に対してそれぞれの仕方でノスタルジーを抱く。そのような根をわれわれは必要としている。しかしその根を自らの生まれた国家や民族に固定させる必要はない。「空中に張る根」という語でカッサンはそれを表現する。 オデュッセウスやアエネアスやアーレントやカッサンの物語からわれわれが読み取るべきは、かような故郷の多様性とノスタルジーの可変性であり、さらにそれを歓待する態度であろう。(馬場智一訳)(ももき・ばく=立命館大学衣笠総合研究機構専門研究員・思想史)★バルバラ・カッサン=フランスの哲学者・文献学者。アカデミー・フランセーズ会員。一九四七年生。