――現在と江戸の比較から動的な歴史を考える――松田俊介 / 早稲田大学人間総合研究センター招聘研究員・文化人類学・祝祭理論週刊読書人2020年4月24日号(3337号)江戸の祭礼著 者:岸川雅範出版社:KADOKAWAISBN13:978-4-04-703641-3本書は、江戸/東京の祭礼をめぐり、いまなお創造される〝伝統〟について歴史的に探求するものであり、〝伝統〟をただ懐かしみ維持して終わるのでなく、動的に文化を形成する力としてとらえ、検討していくものである。 著者は、神道学研究者にして神田神社権禰宜であり、本書も神社運営の現場を知る者としての記述が色濃い。神田神社を主軸とした祭礼検討だが、端々に「御朱印が判子となったことへの批判があった」「神社コラボが導入された経緯」など、神職的・当事者的視点を含めて論述されており、この視点こそ本書の重要な意義といえるだろう。 『江戸の祭礼』というタイトルだが、本書の射程は祭礼のみならず、神輿と山車、節分や恵方巻きなどの風俗、神社と関連するサブカルまで、非常に幅広い。それらそれぞれの現在と江戸時代の実態を比較し、動的な歴史性を強調している。体系的なまとまりをもった学術書というより、江戸文化に関心をもつ幅広い読者層とともに、多用な事例を楽しみつつ〝伝統〟を考えていく著作といえる。 たとえば、現代の神田祭で、神職を目指す國學院大學学生によって担がれる鳳輦神輿(屋根に鳳凰の飾りがある神輿)は、元は天皇の乗り物を意味するもので、江戸時代の神田祭ではみられなかったという。著者はこれを端緒に、明治末期からの神輿文化の創造過程を説明し、氏子町による町神輿の発生が一大変革であったとしている。大正期となると、日露戦争出征者の送迎や大正デモクラシーによって町内会組織が激増し、また内務省の指示で神社整備がされたことにより、以来、町神輿が現代に至る東京の祭礼のにぎやかさを演出していったのである。 神田神社とアニメ『ラブライブ!』をはじめとした多様なコラボも、本書で重視された事例だ。たしかに、神社協賛キャンペーンや、お守りなどのグッズ、痛絵馬など、神田神社のみならず、近年の神社ではアニメのキャラクターが至るところに見られるようになった。現在の神社がさまざまな現代文化を取り込むこのような動きに対して、批判的な報道や批評は頻繁に見受けられる。これについて著者は、江戸時代の境内での矢場や茶屋、宮地芝居、勧進相撲などのごく世俗的な当時の様相を紹介し、「神社の境内は、祈願の場であるとともに、俗的な盛り場」であったと説得力をもって主張する。 バラエティ豊かな題材で読者を楽しませつつ、江戸の祭礼の今昔が述べられている反面、結章の伝統概念の論考は、突き詰めの余地を感じた。現在の東京の祭礼の多くの諸要素が、江戸時代の形態でなく、新たに作られたものという論述(いわゆる伝統創造論)は通底していたが、それを伝統たらしめているものへの考察がほしかったところである。また逆に、表面的には維持されている〝伝統〟の水面下での、時代ごとの担い手たちによる努力・妥協・苦悩・葛藤の有り様も、伝統の動態性の諸相といえる。これらは神社権禰宜という著者の立場だからこそ突き詰められる焦点であり、本書をさらに発展させた伝統文化論を期待したい。(まつだ・しゅんすけ=早稲田大学人間総合研究センター招聘研究員・文化人類学・祝祭理論) ★きしかわ・まさのり=神田神社権禰宜。神道学・祭礼文化史。著書に『江戸天下祭の研究近世近代における神田祭の持続と変容』など。一九七四年生。