――多言語で記された史料に基づく事実の再構成――櫻澤誠 / 大阪教育大学准教授・日本近現代史週刊読書人2021年4月23日号沖縄返還と東アジア冷戦体制 琉球/沖縄の帰属・基地問題の変容著 者:成田千尋出版社:人文書院ISBN13:978-4-409-52085-7 従来の外交史・国際関係史では、沖縄返還への過程は日米関係史として論じられることが多かった。それに対し、琉球/沖縄を加えて日米沖三者の関係において論じられるべきという批判もなされてきたが、本書はそれをも超えて日米沖に韓国・台湾を加え、東アジア冷戦体制の再構築過程として沖縄返還を検討したものである。日米沖韓台の公文書館での調査をはじめ、多言語で記された史料に基づく事実の再構成によって、沖縄返還を焦点としつつ、東アジアの自由主義陣営を俯瞰してみせたことは、本書の最大の成果だといえる。 副題にもある「帰属・基地問題」については、本書によれば、韓国・台湾は一九五〇年代から沖縄の帰属問題に強い関心を持ち、特に台湾は直接的に沖縄独立運動を支援しようと試みるが、韓国・台湾ともに反共の砦として沖縄の米軍基地が維持されることに関心があったのであり、米軍を受忍せざるを得ない沖縄住民の苦悩、日本復帰願望にはほとんど関心がなかったようである。それは韓国・台湾が冷戦の最前線にあり、それが政治体制にも反映されていたことからしてやむを得ない実態ではあっただろう。韓国・台湾は安全保障への緊張感を持ちつつ、東アジア自由主義陣営の維持を、米国や日本との関係性のなかで模索していた。 一九六〇年代後半に沖縄返還が具体化していくなかで、当然ながら韓国・台湾は沖縄米軍基地に強い関心を示していく。「核抜き・本土並み」は日本にとっては妥協点だったが、韓国・台湾にとっては安全保障上の大きな問題であった。日米関係を軸にすると、日米共同声明(一九六九年一一月)の韓国・台湾条項は付随的に扱われることが多いが、東アジア冷戦体制の枠組みでみたときには決してそうではなかったことが、本書を読むとよく分かる。さらに、その後の米中接近による韓国・台湾の関係瓦解、ニクソン・ドクトリンが打ち出されるなかでの沖縄返還にともなう自衛隊配備までを、本書は扱っている。 米軍統治期の沖縄を専門とする立場からすると、一九六〇年代後半以降の沖縄への分析の深さに比して、一九四〇年代後半から六〇年代前半までの検討はやや浅いようにも思われる。具体的には、沖縄戦直後の沖縄独立論の位置、一九五〇年代を青年団で象徴させ得る理由、沖縄県祖国復帰協議会の内的構成と変容過程、などである。沖縄の動向がエピソード的になっており、国際政治への影響が見出しにくい箇所もある。本論で十分検討されていないと思われる内容が、終章で自明な形で示されている点も気になった。 若干の疑問点も述べたが、幅広く取り上げることで、個別事象への追究が限定されることはやむを得ないことだともいえる。本書が示した東アジア冷戦体制への新たな視座は、私を含めた「沖縄問題」に関心を持つ者に、新たなインスピレーションをもたらしてくれる。著者のさらなる研究の発展、そして、協業的営みが広がることを期待したい。(さくらざわ・まこと=大阪教育大学准教授・日本近現代史)★なりた・ちひろ=日本学術振興会特別研究員(PD)・日本近現代史。京都大学大学院博士後期課程修了。一九八七年生。