――軽やかでほろ苦い韓国フェミニズム小説――佐野正人 / 東北大学大学院教授・日韓比較文学週刊読書人2020年4月10日号(3335号)韓国が嫌いで著 者:チャン・ガンミョン出版社:ころからISBN13:978-4-907239-46-6この所、韓国ではフェミニズム小説が流行していて『82年生まれ、キム・ジヨン』、『ヒョンナムオッパへ』などの小説は日本でも大きな注目を集めた。このチャン・ガンミョン『韓国が嫌いで』もそのようなフェミニズム小説の流れの中に位置づけられるものだが、作者はれっきとした男性作家である。なぜ男性作家がフェミニズム小説を書いたのか。書かなければならなかったのか。そこには韓国社会を眺める作家の批評的な目があると考えるのがおそらく当たっているだろう。 『韓国が嫌いで』はその挑発的なタイトルが示しているように、大学を卒業し金融会社で働いていた主人公の女性ケナがオーストラリアに移民に行く話だ。ケナは貧しい家で育ったものの大学を卒業し、金融会社に就職している。さらにジミョンという性格もよく将来性もある恋人も持っている。一見、彼女が移民に行くような必然性はないように見えるし、いくら韓国社会に不満を持っていても我慢できる範囲内のように思える。しかし、彼女はなけなしの貯金をはたいて、さらには両親と恋人の反対を押しきってオーストラリア行きを決行する。 そこには職場と恋人と家族への、それぞれ強いわだかまりがあったことが分かってくる。金融会社での業務の単調さや将来性のなさ、優しく頼りがいのある恋人であっても決して対等でありえない関係性、貧しい家族の中で積もっていくやるせなさ、等々。そのような数々のエピソードが重なっていく中で主人公のケナはオーストラリア行きを決心するのだが、よりその内面をうかがってみる時、そこには韓国社会の持っている強固な階級意識があることが見えてくる。 例えば職場では女性社員には将来性がないことや男性上司のセクハラがあり、恋人の家族は貧しいケナとその家族を無視する。恋人のジミョンは優しく接してくれるが、しかし彼とても決して対等な関係を持つことはできないのである。 映画『パラサイト』でも描かれていたが、韓国社会は大きな階級格差を持った社会である。そのような階級格差にいら立ち、一発逆転を狙う主人公の選択がオーストラリア行きであり、ジミョンと別れて地方大学出身の恋人を選ぶことだったのである。 オーストラリアでの生活が決してバラ色のものでなく、破産に追い込まれそうになったり警察沙汰になったりというほろ苦いものであることも小説には描かれている。しかし、少なくともケナはそこでは一人の意志と感情を持った人間として生きて行けるのである。物語の最後で彼女は決意している。絶対に幸せになってやる、と。 このケナの決意はきっぱりとした爽快さを持っている。韓国という旧社会に対する宣戦布告でもあり、ささやかな革命でもあるからだろう。チャン・ガンミョンという男性作家がフェミニズム小説を書かなければならなかった意味もそのような韓国社会への視線にあったと言うことができるだろう。(吉良佳奈江訳)(さの・まさと=東北大学大学院教授・日韓比較文学)★チャン・ガンミョン=作家。著書に『コメント部隊』『大晦日、またはあなたが世界を記憶する方式』『われらの願いは戦争』など(いずれも未訳)。ハンギョレ文学賞、樹林文学賞、済州四・三平和文学賞などを受賞。本書が初邦訳。一九七五年生。