――二回の座談会と文章から、四人の執筆論を知る――森貴志 / 相模女子大学非常勤講師・出版メディア論・日本近現代文学週刊読書人2021年10月22日号ライティングの哲学 書けない悩みのための執筆論著 者:千葉雅也・山内朋樹・読書猿・瀬下翔太出版社:星海社ISBN13:978-4-06-524327-5(求められているのは、一二〇〇字。締切はとうに過ぎている。この原稿のことだ。) 文章術の本は世に数多く出されているが、本書のような「執筆論」の本はこれまでなかっただろう。『ライティングの哲学 書けない悩みのための執筆論』という書名のとおり、四人の著者陣がそれぞれの執筆方法を紹介しながら、「書くこと」にまつわるあれこれを語りあったものである。二回の座談会の様子と、四人が執筆した文章が収録されている。初回の座談会は二〇一八年四月におこなわれたもので、ウェブ上で公開されていたものだ。その後の「書き方の変化」をテーマにした文章を四人が実際に執筆し、それをふまえた二回めの座談会が二〇二一年三月に開催された。 アウトライナーとは文書作成ソフトであり、文書を階層的に作成し、その構造を把握するのに適したものである。はじめはこのソフト・ツールを使うことによっていかに執筆につなげていくかを語りあう場であったが、話は「書く」、あるいは「書けない」ことに発展してゆく。ソフトの具体的な使い方はもちろんだが、執筆方法、その態度にまで話題が広がる。それぞれの開陳により話が深まっていくのは、書くことに意識的な四人が、普段から試行錯誤しながら執筆活動を続けているからだろう。四人は一回めの座談会から時間を経て、その考え方にも変化が生まれる。二回めの座談会における発言の変化も、おもしろい。 少しでも「書く」ことをしている者にとっては、その書けない悩みは尽きない。いや、書けないのではなく、完成させられないといったほうがいいのかもしれない。 そういう意味で、「諦め」や「断念」といったことについてくり返し語られるのは、誰もがその原稿をどこで手放すかに悩んでいるのだろう。締切がある場合は、時間的な制限もあるなかで、どこまで理想を追求するのか、どの完成度で割り切るのか。評者などは、原稿の手離れが悪い。本書ではソフトやメディアを駆使し、思考のしかたや執筆までのプロセスを整理する実践的な方法が示されている。しかし、もしかしたら「執筆論」というより、執筆に対する準備や態度、心がまえのほうが、四人で多く話しあわれているのではないか。紙幅の都合上、個別の発言は取り上げることができない。また、本書では答えも出ていない(解答はないのだ)が、ヒントやアドバイスはたくさん隠されているといえよう。得るものは多い。 村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』の書き出しは、「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」というある作家のことばの引用からはじまる。そして、作中人物の「僕」はこう語る。「僕にとって文章を書くのはひどく苦痛な作業である」。「書くこと」にまつわる迷いや不安、苦しみ、恐怖は誰もが抱いている。しかし、本書は書くことを自由にし、書くための勇気を与える一冊である。(これで締切日からは遅れたけど、字数を守って提出することができた!)(もり・たかし=相模女子大学非常勤講師・出版メディア論・日本近現代文学)★ちば・まさや=立命館大学大学院教授・フランス現代思想・表象文化論。哲学者・作家。著書に『意味がない無意味』『オーバーヒート』など。一九七八年生。★やまうち・ともき=京都教育大学教育学部准教授・美学・造園・庭園史。一九七八年生。★どくしょざる=正体不明の読書家。現在はブログで古典から新刊まで、オールジャンルに書籍を紹介している。★せしも・しょうた=編集者・ディレクター。批評とメディアの運動体「Rhetorica」の企画・編集を行う。