――現代日本のカント研究を渉猟する――菅沢龍文 / 法政大学教授・哲学週刊読書人2021年1月29日号カント実践哲学と応用倫理学著 者:高田純出版社:行路社ISBN13:978-4-87534-450-6「しかし」と言葉を返すのは就活の面接では禁句ではないか。そんな「しかし」が、本書のなかでは宝石のようにちりばめられている。そして次の「しかし」はなにか、という思いにかられて先へ先へと読み進めていくと、いつしか事の深みへとはまっていく。 ところで、カントのような影響力のある大哲学者については山のように研究文献がある。カントの実践哲学についても同じである。カントの著作からカント公認の思想が知られ、そこにはカントの思想についてのスタンダードな解釈もあり、それを紹介する書物もたくさんある。ついでに、カントの思想についての毀(き)誉(よ)褒貶(ほうへん)もたくさんある。 ところが、さらにカントには死後に残された大量の遺稿の断片(省察)があり、著作のための準備稿、書物に書き込まれた覚え書き、さらには学生が筆記した講義ノートもある。そこでは、カントが一度は考えた事が書き付けられ、カントがとりとめもなく饒舌に語り出す。しかし、この語りはなにを意味するのか、となるとカントを熟知する研究者にしてやっと分かることも多い。研究者高田はこういったカントに、著作での語りに加えて、さらにもっと語ってもらう。 それではなぜ高田は「しかし」を繰り返し、カントに饒舌(じようぜつ)に語らせるのか。その狙いは「図式的な解釈枠を更新する」ことにあり、「これまでの有力な解釈とは異なる解釈を提案した」という。つまり、オーソドックスな解釈についての紹介をして、「しかし」とたたみ掛けるのだから、いきおい複眼的な理解が要求される。そのうえ「しかし」ばかりか「ただし」も頻出する。まるで事典の項目の記述を読んでいるかのようである。思えば高田は「読む事典」をうたい文句とした『ヘーゲル用語事典』(未來社)の編者でもあった。 そこで本書がいわばカント実践哲学の応用事典であるならば、その大項目は何か。試みに並べると、カント実践哲学の「応用倫理的射程」、次にカントの「人間観」、これらは「カントの道徳原理とその応用力」についての「基礎部門」とされる。そして第三に「生命倫理」、第四に「環境倫理」、第五に「法」、第六に「国家」、第七に「所有」、第八に「教育」といった具合である。これらのテーマについて、主に現代日本の数多のカント研究を渉猟しつつ、最新の研究水準で、高田は生誕三〇〇年間近になるカントに語らせる。 それでは、小項目はどうか。これも試みに列挙すると、「人間学」、「尊厳」、「歴史」、「人格」、「身体」、「安楽死」、「尊厳死」、「臓器移植」、「人胚」、「人クローン」、「性愛」、「人間愛」、「人間中心主義」、「科学・技術」、「自然」、「美」、「崇高」、「道徳と法」、「自由・権利・義務」、「権利と幸福」、「生存権」、「社会福祉」、「言論の自由」、「学問の自由」、「信仰の自由」、「家族」、「パターナリズム」、「自然状態」、「戦争状態」、「自然法」、「社会契約」、「立法権と執行権」、「共和制」、「民主制」、「結合契約」、「服従契約」、「人民主権」、「抵抗権」、「革命権」、「フランス革命」、「自己立法」、「世界平和」、「常備軍」、「国際連盟」、「世界市民権」、「世界市民主義」、「愛国主義」、「平和の法と戦争の法」、「占有」、「先占」、「私的占有」、「公共的占有」、「労働」、「人間発達論」、「学校知と世間知」、「自然素質」、「自然と人為」、「人間性の開発」、「人格の完成」、「道徳的陶冶」、「自然的教育」、「実践的教育」、「ルソー・バゼドウ・ボック」、「教育基本法第一条」、「現代日本の教育」などとなる。このような本書は手元に置いておくと、最新研究水準の便利なカント実践哲学応用事典としても重宝である。(すがさわ・たつぶみ=法政大学教授・哲学)★たかだ・まこと=旭川大学教授・札幌大学名誉教授・哲学。北海道大学大学院博士課程単位取得。著書に『証人と自由』『実践と相互人格性』など。一九四六年生。