奮闘する演者たちの姿を饒舌に語る 細田明宏 / 帝京大学文学部教授・日本伝統文化・人形浄瑠璃週刊読書人2022年3月25日号 浪曲は蘇る 玉川福太郎と伝統話芸の栄枯盛衰著 者:杉江松恋出版社:原書房ISBN13:978-4-562-07145-6 浪曲(浪花節ともいう)と聞いて具体的な曲が頭に思い浮かばなくても、なんとなく古臭いというイメージを持っている人も多いだろう。かつて浪曲は、大衆芸能の王者として人々の心をとらえて離さなかった。しかしそれも今では昔のこと、すっかり鳴りを潜めてしまってから久しい。確かに一時期、浪曲は衰退といっても過言ではない状態にあった。 ところが最近、若い演者たちが『自転車水滸伝』や田中芳樹原作のSF・『銀河英雄伝説』シリーズなどの新しい演目を武器に、フレッシュな感性で浪曲の新しい未来を切り開こうとしている。もちろんそこに至るまでには、さまざまな紆余曲折があった。その紆余曲折を丁寧になぞることで、この本は若い演者たちの熱気を描き出すことに成功している。 話は当時人気の頂点にあった実力者・玉川福太郎が、不慮の事故によって急逝するという衝撃的な事件から始まる。その前日、入門したばかりの玉川太福は師匠との濃密な数日間を過ごしたことによって、改めて浪曲の世界で生きていこうと決意を固めたばかりであった。福太郎の突然の死は、弟子たちをはじめとする関係者にさまざまな思いが交錯する混乱の日々をもたらす。この本の主人公の一人である太福も、この時に浪曲との縁が切れてもおかしくなかった。 太福は、小学生からの夢であったコント作家としての芽が出ずに苦闘の日々を送っていたある日、知人に連れられて福太郎を聞きに行き、二〇代後半にして初めて浪曲に出会う。浪曲の可能性を感じた太福は、その直後に福太郎に入門する。伝統芸能という言葉から想像されるような、約束された道を歩んできたわけではないのである。それだけに、新鮮な感覚で浪曲に向き合っているともいえるだろう。現在、浪曲の新しい道を開拓しようとする演者たちの中には、いろいろな経験を積んだ上でこの世界に飛び込んでくる者が多くいる。 そして彼らが活躍する素地を作った一人が、福太郎だった。彼自身は新作物にはあまり積極的ではなかったが、さまざまな経歴の持ち主を弟子として迎えた。見込みがあると思うと、自分からスカウトすることもあったという。そのようにして集まった個性的な弟子たちは、時には厳しい、時には暖かい指導を受けることによって成長していった。福太郎が育てた弟子たちが今、それぞれの独自性を生かしながら活躍している。 もう一人のキーパーソンは、国本武春である。武春は、ジャンルを超越した活動によって浪曲に関心がない人々にも知られた存在だったが、スターへの階段を着実に登っていた矢先に惜しまれながらあの世へ旅立った。この本でも多くのページが割かれており、彼の功績を改めて知ることができる。武春はオリジナリティーあふれる創作や演奏で一世を風靡したが、決して自分一人だけの成功を求めてはいなかった。彼は浪曲のライブを多く企画して仲間と共演することで、特に若手に大きな影響を与えた。彼の活動が今の浪曲に残したものは非常に大きいといえるだろう。 この本に描かれているのは、浪曲という芸能のポテンシャルの大きさに魅了され、何とか自分ならではの作品を作り出そうと奮闘する演者の姿である。だから浪曲を全く聞いたことがない読者であっても楽しめるはずだ。もちろん聞いたことがあれば面白さは倍増するに違いない。著者は饒舌な語り口で、雑誌記事やインタビュー、演者のブログなどからの情報を積み上げていく。それによって、演者の姿を浮き彫りにしていくのである。じっくり細部を味わうことももちろんできるが、ディテールにこだわらずにスピード感をもって読むという楽しみ方もある。そうすることで、若い演者たちの躍動感が伝わってくるのではないだろうか。(ほそだ・あきひろ=帝京大学文学部教授・日本伝統文化・人形浄瑠璃)★すぎえ・まつこい=文芸評論家・書評家。著書に『ある日うっかりPTA』、共著に『絶滅危惧職、講談師を生きる』など。一九六八年生。