――プロレス・格闘技本だけでない幅広いジャンル――玉袋筋太郎 / お笑い芸人週刊読書人2020年6月5日号(3342号)書評の星座 吉田豪の格闘技本メッタ斬り2005―2019著 者:吉田豪出版社:ホーム社ISBN13:978-4834253368プロインタビュアーでありプロ書評家である吉田豪が二〇〇五年から二〇一九年の格闘技本をメッタ斬りする一冊。本人は最初に「メッタ斬り」という本書の旨に違和感を持つが、出版にあたり過去の原稿を改めて読み直してみて「これはちょっと口が悪すぎるでしょ!」と過去の自己確認をして出版に至ったというだけで「ツカミはオーケー!」だ。「あの頃の私と今の私は違うから」なんていう内面が変わった理由付けをしつつも、誰もが「美容整形して昔の顔と今の顔が違うから出したくないだけだろ!」とツッコミを入れたくなる有名人が多い中、吉田豪の過去の自分にツッコミを入れつつ出版した本書への覚悟も戴いたのだ。 オレもプロレス・格闘技本はできる限り手を出す人間であるが「また、こんなの出てるよ!どうせ焼き直しだろうし、新しい証言なんて出てこねぇよ」と乱造される粗悪本と思った本には手を出さないでいた。しかし、吉田豪は手を出して来たのだ。読んで時間の無駄になるような粗悪プロレス・格闘技本でさえも。 本書で「吉田豪に取り上げられる本」を「吉田豪に釣り上げられた魚」に置き換えて考えてみる。狙った魚(本)の中には、釣って良し、食って良しの本命の魚もいるが(多少だったりするかもしれないのでぜひ読んで要確認!)、垂らした釣り竿に総て本命の魚が食ってくる事はレアなケースで、それに本命ばかり釣っていても飽きが来るっていうのも釣りなのである。たとえ本命でなくとも、釣って即リリースするような毒とか棘とかあったり腐りやすかったりの、釣っても食べることが出来ない「外道」の魚まで吉田豪は釣り上げ、リリースすることなく、見事な包丁さばきで調理してくれる。棘と毒があるような魚は釣っても(読んでも)リリースすれば(触れなければ)いいんだが、リリースしないで調理する事は、プロの釣り師(書評家)としての責任感なのだろう。今まで誰も見向きもされなかった深海魚を寿司ネタとして使えるようにする見事さというか…。しかし吉田豪に調理されても、煮ても焼いても結局は食えない魚も存在する、が、そこはそれ吉田豪の加工法により猛毒のふぐの卵巣を糠につけて毒を抜いて客前に出せるようにしているのだ。特に本書に登場する空手関係なんていうのは、毒も棘も攻撃性もあり、即リリースが決まっているようなターゲットである。たとえ釣れても船には上げず、糸を切ってリリースしてしまうような存在の空手ライター親子を釣り上げられるのは吉田豪をおいて他にいないだろう。 読んでいてハラハラだった! 外出自粛で悶々としていた私を助けてくれるヴォリュームたっぷりな本書は、オレがそれまで感じていた、格闘技界の選手たちの「関節技は極めるが考え方の極め方のポイントがズレているよ!」という悶々とした気持ちまでも、見事な調理で代弁してくれている。特に柔道系の選手のズレ方ね。他にも格闘技とは別次元へ踏み出したスピリチュアル系の格闘家にずっと「?」なオレにその選手の調理の仕方を教えてくれ「あ?そういうふうに見ればいいんだ」と納得させてくれた。吉田豪のフィッシングフィールドはプロレス・格闘技本だけでなく、幅広いジャンルに至っている。この本は二〇〇五年から二〇一九年という長い歳月をかけた吉田豪の歩みとして読むのも興味深い。 先日、そんな著者とトークイベントをした。二時間半に渡り最後に「豪ちゃんいくつになった?」と聞くと「もう四九歳ですよ」だという。二〇代の頃からの付き合いだが、時は流れ、人の発した言葉や文章は時代の潮流で遠方へ、はたまた深海の彼方へと消えていく。それでも釣りを続ける「吉田豪世界を釣る!」に終わりはないのだ。(たまぶくろ・すじたろう=お笑い芸人) ★よしだ・ごう=書評家・インタビュアー・コラムニスト。編集プロダクションを経て『紙のプロレス』編集部に参加。多方面で執筆活動を行う。テレビ・ラジオなどでも活躍。著書に『人間コク宝』シリーズ、『聞き出す力』など。一九七〇年生。