――長年の論考をまとめた濃密な論文集――櫻井彦 / 宮内庁書陵部図書課主任研究官・日本中世史週刊読書人2020年4月17日号(3336号)鎌倉時代論著 者:五味文彦出版社:吉川弘文館ISBN13:978-4-642-08372-0本書は、長く日本中世史研究を牽引してこられた著者が、一九七三年以降に発表された鎌倉時代に関連する論考八本をまとめた論文集である。三部構成のうち、第一部は鎌倉時代前期の通史として書かれた論考、第二部に鎌倉時代後期の社会動向に関する論考、第三部が鎌倉時代の諸課題に迫る論考六本から成る。第一部は治承・寿永の内乱から、鎌倉幕府成立後源氏将軍三代が滅亡し、宮将軍宗尊親王が誕生するまでの通史である。そのため一般的な話題が多いが、政治史の描写に終始しているわけではない。文学作品を用いた考察も積極的に成され、とくに鎌倉時代の成立とされる説話集に収められた話が、当時の雑談の場で洗練されていったとする指摘などは、文化人に限らず、武士と公家、東国と西国といった様々な場面で人々の交流が促進された、鎌倉時代の社会像の一面をよく表現している。 とはいえ通史シリーズ中の一本であるため、第一部は政治動向に関する記述も多い。しかしその後幕府滅亡までを扱った第二部は、そうした点に比重は置かれていない。たとえば当該期朝幕間で暗躍し、持明院統と大覚寺統の亀裂を深めることになった西園寺実兼の活動や、伏見院政に代表される持明院統の動きに関する記述や位置づけは淡泊といわざるを得ない。「はじめに」では、第一部と第二部をともに通史と整理・紹介しているが、両者を同列に扱うことはできないだろう。しかし第二部のタイトルが「鎌倉後期の社会変動」であることを踏まえれば、その内容は納得のいくものである。とくに経済活動および職人・職能に関する内容は豊富で、ここでも文学作品が積極的に活用されており読み応えがある。 第一部と第二部の内容を補完するものとして用意されたのが第三部である。全六本の多くは『史学雑誌』や『歴史学研究』などの学術誌に掲載された論考であり、内容は専門性が高く、引用史料が読み下されていないなど一般の方向けとはいえない。テーマも多岐にわたり、わずかな紙幅で六本全体にわたって言及することはできないので、評者の関心から「建暦期の後鳥羽院政」について触れておきたい。後鳥羽院政期は建久九年(一一九八)土御門天皇に譲位後、承久三年(一二二一)の承久の乱の結果隠岐に流されるまでの二三年余りである。本稿ではこの間の建暦年間(一二一一~三)に編まれた多くの故実書のうち『世俗浅深秘抄』に注目し、同二年の公家新制を手がかりに院政の性格を検討している。後鳥羽院がこの時期公事興行と徳政実施に熱心だったとの指摘から、それに動員される多くの廷臣の動きや、和田合戦の背景に院の影響を見る点などは興味深い。それ故にこの時期以降、廷臣の多くが院から離れていく事実や、院が幕府に対して圧力を強めていくこととの関連性について、もう少し丁寧な説明が欲しかった。 本書は、決して平易な「鎌倉時代論」ではない。しかし著者が長年蓄積されてきた、鎌倉時代に対する様々な視角と見解が凝縮された一書であることは間違いない。そうした濃密な内容をもつ本書が、一般の方にも比較的手に取りやすい形で刊行されたことは、大いに喜ぶべきことであろう。(さくらい・よしお=宮内庁書陵部図書課主任研究官・日本中世史) ★ごみ・ふみひこ=東京大学名誉教授・放送大学名誉教授・日本中世史。著書に『中世のことばと絵』『書物の中世史』『躍動する中世』など。一九四六年生。