他者からの承認を求めて彷徨う若者たち 土佐有明 / ライター週刊読書人2022年3月4日号 「ぴえん」という病 SNS世代の消費と承認著 者:佐々木チワワ出版社:扶桑社ISBN13:978-4-594-09026-5 「ぴえん」という流行語をご存じだろうか。佐々木チワワ『「ぴえん」という病 SNS世代の消費と承認』(扶桑社)によれば、「ぴえん」なる言葉が人口に膾炙したのは二〇一八年。スマートフォンで笑い泣きしている絵文字が登場し、それが「ぴえん」がもたらす感情と結びつき、広く知れ渡ったようだ。 最初は、哀しい時や面白い時、あるいはその両方を表す言葉だった「ぴえん」だが、やがて、精神を病んだ者の間でも盛んに使われるように。つまり言ってしまえばバズワードなのだが、本書では主に歌舞伎町に集う「ぴえん系」の若者に焦点を当て、彼女ら/彼らの生活や実情や生態を細かに活写している。 本書から引用すると〈不安定な思春期をSNSによるまなざしと他者からの評価におびえながら、それでも他者からの承認に飢えて彷徨う〉のも、ぴえん系の大きな特徴だと著者は言う。彼女たちはSNSが幼い頃から身近にあり、自分が好きなものを動画や画像で日常的に発信してきた。そして、「いいね」の数やアクセス数、フォロワー数などで、その人の(あくまでも表層的な)価値が可視化されてしまう。残酷な時代である。 ちなみに筆者は四〇代のフリーライターだが、この話には正直、身につまされた。mixiの足あと機能に振り回され、フェイスブックの「いいね」に一喜一憂し、ツイッターのエゴサ―チによって自らのアイデンティティを確認する。フォロワー数が多ければ多いほど、自分に価値があると思い込んでしまうし、その逆で落ち込むこともある。なんでもいいからバズった者勝ち、という風潮があるのも分からなくはない。 また、「ぴえん系」の中でもメンヘラ属性に括られる者の中には、ファッション感覚で軽率にリストカットをする女性が一定数いる。あるホストに「手首とか切ってる女の子かわいいよね~」とほだされ、実際に自傷行為に及んだ者もいるそうだ。そうした女性はリストカットの生々しい画像を〝SNS映えするから〟という理由で、ネット上にアップするのも厭わない。 そして、かなりの紙幅を割いて描出されているのが、ホストクラブにハマるぴえん系の実情だ。彼女たちはソフトドリンク一缶に二百万や三百万円を気前よく払い、もやし一袋に一千万円払う客さえいるという。飲食店のメニューがデフレの一途を辿っている中、なんと羽振りの良いことか。 容姿に対する評価、外見に戻づく差別や偏見に敏感なのも、ぴえん系によく見られる傾向だそうだ。特に、水商売や風俗ではルックスでその人の価値を判断されるため、文化資本ならぬ身体資本がものを言う。性犯罪者のルックスが良かったから、「私なら許す!」「イケメンだからノーカン」なんて言説が跋扈していたほどだから驚きだ。 ちなみに本書を上梓した佐々木チワワは、二一歳の現役女子大学生ライター。一五歳から実際に歌舞伎町に出入りし、多くの「ぴえん系」と交流してきた。本書のリサーチのために、ホストクラブでも泣く泣くお金を落としたという。これは社会学で言うところの「参与観察」に近い。調査者として被調査者たちのコミュニティにまで入り込み、長期にわたってその生活や行動の様式に迫る、という意味においてだ。 また特筆すべきは、「パパ活」ならぬ「ママ活」、「ガールズバー」ならぬ「ボーイズバー」、女性用風俗、メンズキャバクラなど、女性の欲望や嗜好にマッチするサービスが増えているという指摘だ。この著者ならばそこを掘り下げて、女性から男性へのまなざしというテーマで、もう一冊書けるのではないだろうか。いや、そんな本が書けるのはこの著者くらいではないか、と思った次第である。次作が楽しみだ。(とさ・ありあけ=ライター)★ささき・ちわわ=ライター・慶應義塾大学 在学中。「歌舞伎町の社会学」を研究する。歌舞伎町の文化とZ世代にフォーカスした記事を多数執筆。