――柳田国男を再評価しつつ研究の到達点を示す――石井正己 / 東京学芸大学教授・日本文学・民俗学週刊読書人2021年1月22日号方法と課題 講座日本民俗学1著 者:小川直之/新谷尚紀(編)出版社:朝倉書店ISBN13:978-4-254-53581-5 小川直之・新谷尚紀・関沢まゆみ・俵木悟の編集による『講座日本民俗学』全六巻の刊行が始まった。全体の構成は、1方法と課題、2不安と祈願、3行事と祭礼、4社会と儀礼、5生産と消費、6芸能と遊戯からなる。朝倉書店としては、和歌森太郎主幹編集の『日本民俗学講座』(一九七六年)で、経済伝承、社会伝承、信仰伝承、芸能伝承、民俗学の方法の全五巻を発刊して以来、約半世紀ぶりの講座となる。 そもそも民俗学で講座を編んだのは、『日本民俗学大系』(平凡社、一九五八~六〇年)に遡る。編集委員は大間知篤三・岡正雄・桜田勝徳・関敬吾・最上孝敬であり、健在だった柳田国男に反旗を翻したとされるが、多くの民俗学者が寄稿した。全体は、民俗学の成立と展開、日本民俗学の歴史と課題、社会と民俗1・2、生業と民俗、生活と民俗1・2、信仰と民俗、芸能と娯楽、口承文芸、地方別調査研究、奄美・沖縄の民俗・比較民族学的諸問題、日本民俗学の調査方法・文献目録・総索引の全一三巻であった。 その後の特筆すべき成果としては、『日本民俗文化大系』(小学館、一九八三~八七年)がある。編集委員は網野善彦・大林太良・高取正男・谷川健一・坪井洋文・宮田登・森浩一であり、専門を異にする研究者が協力した学際的なシリーズとして評価された。全体は、風土と文化、太陽と月、稲と鉄、神と仏、山民と海人、漂泊と定着、演者と観客、村と村人、暦と祭事、家と女性、都市と田舎、現代と民俗、技術と民俗上巻・下巻、別巻の総索引の全一五巻からなり、従来の民俗学に束縛されないテーマが立項された。 その後、『講座日本の民俗学』(雄山閣出版、一九九六~二〇〇〇年)も出た。編集委員は福田アジオ・香月洋一郎・野本寛一・赤田光男・小松和彦であり、民俗学でも領域を異にする研究者が関わった。全体は、民俗学の方法、身体と心性の民俗、社会の民俗、環境の民俗、生業の民俗、時間の民俗、神と霊魂の民俗、芸術と娯楽の民俗、民具と民俗、民俗研究の課題、民俗学案内の全一一巻であり、環境や民具の立項が目を引いた。 今回の講座の執筆者もやはり民俗学者が中心になっている。巻頭に置かれた「刊行の趣旨」では、二〇二〇年代に入っての危機感とともに発刊の意義が説明される。民俗学の独自性、比較研究法の有効性、地域社会の変化の三点を挙げ、民俗学の存在意義を証明しようとする。だが、こうしたことはすでに二〇世紀末に強く意識されていて、新しい問題ではない。むしろ、今、顕著なのは国際化と情報化の急速な動きであり、民俗学のみならず、文化人類学も社会学もそれに対応できていない。そうしたことを念頭に置きながら、同時に配本された1方法と課題、2不安と祈願の二冊を読んでみる。 1の「第1章 日本民俗学の歴史」は民俗学の成立を概説するが、本講座への接続として重要なのは新谷尚紀の「日本民俗学の戦中戦後史から現代史へ」である。民俗調査報告書の盛行、都市民俗学と現代民俗学、環境論と民俗学、対象次第の民俗学が方法論を喪失し、時流に迎合したという批判を経て、民間伝承学の提唱へと進む。「柳田を否定しながら引用して民俗学を説明するという奇妙な現象があるが、今こそそれを払拭して、柳田の視点と方法の継承とそのさらなる研磨を試みる実践が必要である」という一文も見つかる。 確かに、民俗学はこれまで柳田以後を標榜し、その成果を否定的に見て、研究史の中に封印してしまった。そのために民俗学からは新しい柳田国男の読み方が生まれず、むしろ、思想史を中心に没後の柳田研究は進んできた。しかし、そうした柳田研究も半世紀を経て、紋切り型の理解が消費される状況に陥っているので、民俗学からの読み替えは大きな刺激になるにちがいない。 1で重要なのは「第3章 民俗学の現代的課題」で、関沢まゆみが高度経済成長、藤井弘章が自然環境、中野紀和が社会変容、島村恭則が引揚者と在日を取り上げた点にある。それは対象次第の民俗学ではなく、フィールドワークの情報を収集整理して得られる民俗学の可能性を開く。「第4章 民俗学と社会貢献」でも、伊藤純郎が学校教育、内田幸彦が博物館、石垣悟が文化財保護、俵木悟が地域活性化に言及し、民俗学をアカデミズムに閉塞させない回路を用意する。 続く2の「総論」では、新谷尚紀が民間信仰や民俗宗教ではなく民俗信仰を唱え、柳田国男の三部分類を三層構造に置き換える。重要なのは「第3章 社寺と講」で、新谷尚紀が神社と氏子、長谷部八朗が寺院と檀家、川嶋麗華が講と巡礼について述べた点である。神社と氏子や寺院と檀家の関係が変化し、巡礼はツーリズムやアニメ・映画の聖地巡礼に展開したことに触れる。「第5章 社会不安と信仰」では、板橋作美が兆・占・禁・呪、石垣絵美が疫神・流行神について論じる。民俗資料を集積して読み解き、その根底にある考え方を析出している。 そうした論証と無縁ではないが、例えば、宮内貴久は家の神を取り上げた最後で、「二つの震災を通じて言えるのは、現代において人々は仏壇や位牌よりも、アルバムを重視している点である」と指摘する。塩月亮子は巫女と信仰で沖縄の信仰治療システムに触れた後、東日本大震災後のイタコの役割に言及し、「口寄せという死者との語らいの時間を遺族がもつことは巫女にしかできない」と指摘する。こうした発見は研究史を越えて、民俗学を現代につなぐ。 1・2の文章はどれも、歴史学の成果と民俗学と結びつけて研究史を整理し、柳田国男を再評価しつつ研究の到達点を示して、今後の展望を述べている。そうした点で編集意図はよく行き渡っているが、一方では、そのために、国際化や情報化と向き合う姿勢や関連する諸学問との対話は希薄である。本講座の成果が「落日の中の日本民俗学」のような外部の批判に応えるものになっているかは、続刊を待って総合的に判断する必要があろう。それはともかく、本講座を通して何よりも願うのは、若手の執筆者の登用が次世代の民俗学の創造につながることである。(いしい・まさみ=東京学芸大学教授・日本文学・民俗学)★おがわ・なおゆき=國學院大學教授・民俗学。國學院大學卒。著書に『摘田稲作の民俗学的研究』『日本の歳時伝承』『折口信夫・釋迢空 その人と学問』(編著)など。一九五三年生。★しんたに・たかのり=國學院大學客員教授・国立歴史民俗博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授・社会学。早稲田大学大学院博士後期課程修了。著書に『伊勢神宮と出雲大社 「日本」と「天皇」の誕生』『神道入門 民俗伝承学から日本文化を読む』など。一九四八年生。