末井昭 / 作家週刊読書人2021年8月27日号震えたのは著 者:岩崎航出版社:ナナロク社ISBN13:978-4-86732-004-4 岩崎航さんの詩と出会ったのは、二〇一三年に出版された最初の詩集『点滴ポール 生き抜くという旗印』だった。 嗚呼 僕も/生きているんだ/青空の/真っただ中に/融け込んでいるという詩で始まり、ページをめくると、青空を見上げる岩崎さんの写真がある。撮影は齋藤陽道さんだ。次のページには、「生き抜くという旗印」という「まえがき」のような文章がある。最初の一行でドキッとした。 かつて僕は、自分で自分の命を絶とうと思ったことがある。/十七歳のときだった。/前途には何の希望もないように思えた。/家人のいない、ある午後、目の前にナイフがあった。/これですべてが楽になるのかなあと、ふと考えた。涙が止めどなく溢れた。/けれども、僕は「生きる」ことにした。/それは、嵐にこぎ出す、航海の始まりのようでもあった。 岩崎さんは仙台市で生まれ、三歳で筋ジストロフィーを発症し、徐々に体が動かなくなっていった。二十歳を過ぎて経管栄養を開始、人口呼吸器の使用も開始した頃から激しい吐き気に悩まされ、入退院を繰り返すようになる。体調が落ち着いてきた二五歳の頃から、種田山頭火の自由律俳句を読んで、短い詩の世界に魅せられるようになった。そして詩作を始める。その後、五行歌という詩型に出会い、書く詩の形が決まってくる。詩を書くようになって、「だんだん心が動くようになってきた」と岩崎さんは言っている。 点滴ポールに/経管食/生き抜くと/いう/旗印 本のタイトルにもなっているこの詩を始め、どの詩にも「生き抜く」という決意が溢れている。それは、常に「死」ということを意識せざるを得ない岩崎さんの日常でもある。『震えたのは』は、岩崎さんの第二詩集だ。本を手に取って最初に感じたことは、鈴木千佳子さんのブックデザインが素晴らしいことだ。全体を水色でまとめ、本文紙の色も薄い水色だ。そこに墨文字で、岩崎さんの詩が印刷されている。読んでいると、詩が染み込んでくるようなデザインだ。 岩崎さんと同じ病気で病院にいる兄の岩崎健一さんは、パソコンで緻密な花の絵を描くことに生きがいを見出し、『いのちの花、希望のうた』という岩崎さんとの共著では、命が宿っているような花の絵を見せてくれた。その健一さんの花の絵が、ページの所々に入っている。今回の絵はすべて水色で小さいけれど、目を凝らしてよく見ると、やはり命を感じる。 岩崎さんがあとがきで、『点滴ポール 生き抜くという旗印』を経て、今回は「その旗を揚げ、社会の只中で生きる思いを込めました」と書いている。 仙台市から二四時間の重度訪問介護支給を受ける活動もしていて、その訴えは受け入れられた。 意外に力も/でるではないか/自分の/柵を/壊してみたら 遠慮しては/いけないこともある/それが少しわかったから/こころが外に/開かれてきた 僕自身がもうすぐ後期高齢者の仲間入りする年齢になったからなのか、次のような「日常」の詩にジーンとくる。 一日を 誰かと/うれしくたのしく/していくって/とんでもなく/深いことかもしれない こう何かしら/生活の中から/浮かんでくる/よろこびに気がつくと/力が増している こんな詩があると嬉しくなる。 おんなのまるみに/ふれてみたい/やわらかさに/ふれてみたい/やはり、男であるな こんな詩があると、自分の文章が心配になる。 言葉は/狡く用いると/すぐ/分かります/にじむのです。 最後の一六編の五行詩を連ねた「一人立つとき」は、長くて引用できないが、みんなに読んでほしい。僕は読んでいて少し涙ぐんだ。(すえい・あきら=作家)★いわさき・わたる=詩人。詩集に『点滴ポール』。一九七六年生。