書評キャンパス―大学生がススメる本― 小林倭央 / 獨協大学経済学部3年 週刊読書人2022年3月18日号 殺人出産著 者:村田沙耶香出版社:講談社ISBN13:978-4-06-293477-0 表題作「殺人出産」は、10人産んだら1人殺してもいいという「殺人出産制度」が導入された世界を描いている。制度を利用して産む者は「産み人」と呼ばれ、社会から崇められる存在となっている。 加速する少子高齢化対策として、この制度は導入され、人工子宮の発達に伴い、女性のみならず男性も産み人になることができるのだ。産み人から生まれた子供たちは「センターっ子」と呼ばれ、引き取り手が見つかるまで施設に預けられる。 一方で、産み人に殺人のターゲットにされたものは「死に人」と呼ばれる。産み人は10人目を産み終えると、役所に殺したい相手を届け出る。死に人に選ばれてしまったが最後、その死から逃れることはできない。 ある日突然死を宣告され、殺される、その死を人々が悲しみ、不条理だと怒るかというと、そうではない。その死は、戦時中の「お国のために」命を失った戦闘員さながらに、感謝される。ほかの人々の代わりに死んでくれてありがとう、という文脈でだ。 そして日常的に、「殺したい人いる?」「出産かセンターっ子をもらうかどっちにする?」という会話が当たり前のように飛び交う。 このような世界で、主人公の育子は様々な立場の人物と関わっていく。殺人出産制度に強く反対する同期の早紀子。夏休みの間居候に来ることとなった姪のミサキ。そして姉の環。環は仕事のためイギリスに行っていることとなっているが、実は「産み人」なのだ。 本書は表題作に加え、「トリプル」「清潔な結婚」「余命」の4篇から成る。「トリプル」は、3人で付き合うこと(トリプル)が10代の間では当たり前という世界の話である。主人公の真弓はトリプルであり、2人で付き合っている「カップル」が受け容れられない。 「清潔な結婚」は恋愛感情や性的なことを家庭に持ち込まない結婚をした夫婦の話である。お互い性交渉は望まないが、子供が欲しいという願望はある。そこで「クリーン・ブリード」という生殖のためだけの性交渉を試みる。 「余命」は医療が発達し、死がなくなったため、死ぬ時期や死に方を自分で決められるようになった世界を描いている。 4篇のあらすじを読んで異常だ、非倫理的だと思うかもしれない。しかしそれは現代を生きるわたしたちの感覚にすぎない。村田沙耶香の世界では、マジョリティはマイノリティに、普通は異常に変わる。歴史を振り返ると、時代によってはありえないと思われていたものが現在では許容されているし、地域によっても当たり前は異なる。私は本作を読んで、登場人物たちは自分の人生を自分で決めており、決めるための選択肢が存在する世界だと感じた。特に「余命」は、自分の死について自分で決められるという究極の自己決定であると思う。しかし、その自己決定権は技術の発達や物語内の政府の方針によって生まれたものであり、自身で望んで得たものではない。それ故、そのように与えられた自己決定権は本当に自己決定権なのか私は疑問に思い続けている。 今の「普通」を受け容れられない、世間的には多数派なもの・ことに違和感を抱いている。そのような人々にとっては、その「普通」が覆される本作は救いや癒しとなるかもしれない。★こばやし・わお=獨協大学経済学部3年。性教育の第一歩を届けることを目標とする団体でインターンシップをしています。最近読んで印象に残っている本は大前粟生さんの『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』です。