――ネオ・マオイズムについての続編を期待――柴田哲雄 / 中国現代史研究者週刊読書人2021年11月26日号マオイズム〈毛沢東主義〉革命 二〇世紀の中国と世界著 者:程映虹出版社:集広舎ISBN13:978-4-86735-018-8 毛沢東思想は魅力的だ。筆者はバブル経済真っただ中の学生時代、よく「自己下放」と称しては、日雇い労働者に交じって建築現場でアルバイトしたものである。五〇 代になった今も、自らのプチ・ブル的な精神を改造するために「自己下放」の衝動に駆られる瞬間があるが、腰痛の悪化を恐れて踏み出せないでいる。 本書は毛沢東思想、すなわちマオイズムが同時代の世界各国に与えた影響について論じている。本書は複数の事例を扱っているが、ここでは後世の評価が好対照な事例に触れるだけにとどめたい。 カンボジアのクメール・ルージュは「キリング・フィールド」という映画の影響もあってか、今や殺人鬼集団と見られがちだ。クメール・ルージュの指導層は決してマオイズムをそのまま模倣したのではなく、マオイズムよりも先に、速く、激しく社会を再構築しようとすることによって、マオイズムを超越しようとした。すなわち毛沢東でさえ採用した過渡期や平和的手段などを全く考慮することなく、一気呵成に暴力のみに依拠して、都市文明の否定とゴーストタウン化、市場や貨幣の廃止、及び宗教の禁止などを成し遂げようとしたのである。その結果、人口七〇〇~八〇〇万人の小国で、実に一〇〇万人以上が虐殺されるに至る。なおペルーのセンデロ・ルミノソやマラヤ共産党なども後世において悪評を免れなかった。ガーナのエンクルマ政権がやや例外と言えるだろうか。 一方、世界中で今もなお根強い人気を誇っているのはチェ・ゲバラだ。ゲバラはマオイズムの「新人」製造という主張から深く影響を受けていた。資本主義社会では、人々は基本的に有償労働にしか従事しない。一方、マオイズムは思想教育を通して、無償労働に喜んで従事する「新人」を製造すべきだと主張している。ソ連もかつて「新人」を製造しようと試みたが、現実に立脚して有償労働を肯定するようになった(劉少奇や鄧小平らも有償労働を一部肯定しようと試みたが、毛沢東の逆鱗に触れてしまった)。ゲバラはソ連を批判し中国を支持するものの、カストロによるソ連支持の決定を機に、キューバを去って、周知のようにボリビアで悲劇的な最期を遂げる。 筆者が秀逸だと感じたのは、「新人」製造についてソ連や中国、キューバの事例を比較検討した章だ。「新人」製造の背景にあるのは、人間性を造り変えることができるという考え方だ。そうした考え方は欧州の啓蒙思想に由来するが、中国では儒教思想にも由来している。 また中国では一九世紀以降、救国ナショナリズムの隆盛とともに、そうした考え方が一世を風靡するようになった。毛沢東自身も中国共産党の結成以前に「新民学会」なる結社を組織しており、中国人の人間性を造り変えるべきだと主張していたのである。マオイズムの「新人」製造という主張は、中国の伝統思想や歴史に深く根差したものだと言えるだろう。 一方、表面的な分析にとどまっている感が否めないのは、ポール・ホランダー著『政治的巡礼者』を参照しながら、同時代の西欧知識人によるマオイズムへの傾倒を批判的に論じた章だ。日本にもかつてマオイズムを礼賛した知識人が大勢いたが、彼らに対する評価は一筋縄ではいかないだろう。 本書の惜しまれる点とは、現代の中国内外におけるネオ・マオイズムの展開ついて一切触れなかったことである。習近平氏は二〇一二年に中国の最高指導者になってから、しばしば「毛沢東回帰」、すなわちマオイズムの受容の動きを見せてきた。習近平氏が受容したマオイズムは、三〇年以上に及ぶ改革開放期を挟んでいることから、それ本来の姿からは大きく変容しているはずだ。ネオ・マオイズムと言っても差し支えないだろう。近年、アジア・アフリカ各国では米国に代わって中国が発展モデルと目されるようになったが、それに伴って今後、ネオ・マオイズムも影響力を拡大していくものと思われる。著者の程映虹氏にはネオ・マオイズムについて論じた続編を期待したい。(劉燕子訳)(しばた・てつお=中国現代史研究者)★テイ・エイコウ=デラウェア州立大学歴史学科教授。中国社会科学院研究生院修士課程(世界史専攻)修了。著書に『フィデル・カストロ 二十世最後の革命家』など。一九五九年生。