――あの時代の技術思想を明確化しようとする試み――青木洋 / 横浜国立大学国際社会科学研究院教授・経営史・科学技術史週刊読書人2020年4月3日号(3334号)「大東亜」を建設する 帝国日本の技術とイデオロギー著 者:アーロン・S・モーア出版社:人文書院ISBN13:978-4-409-52080-2本書は日本の満州事変から太平洋戦争までの戦時動員を主導した官僚・技術者・思想家の思想と、彼らが関わった事業を考察した研究書である。取り上げられる人物と事業は、マルクス主義思想家の相川春喜(第1章)、土木官僚の宮本武之輔(第2章)、満洲・中国北部・朝鮮の治水・都市開発・ダム開発事業(第3・4章)、革新官僚の毛里英於菟(第5章)と多岐に渡る。著者はアメリカの日本文化研究者で、アリゾナ州立大学准教授だが、本翻訳書出版直前の二〇一九年九月に急逝したという。原著は二〇一三年にスタンフォード大学出版局より発行されている。本書の研究の背景にはアメリカの日本文化研究の潮流があるようである。アメリカではそれまで同時代の日本を前近代的・精神主義的と捉えてきたが、近年に合理性・近代性に注目する研究が台頭した。著者は近年の研究を評価しつつも、合理性・近代性が日本の植民地支配を拡大させる権力行使・動員のメカニズムは明らかにされていないとした。一見無関係に見える官僚・技術者・思想家らを取り上げるのも、彼らが共通して「東亜新秩序」「大東亜共栄圏」などのイデオロギーに取り込まれていく過程を検証しようとしたのであろう。著者はその過程を分析するツールとして「技術想像力」(technological imaginary)という概念を提示している。これはテクノクラートが理想国家建設を構想する力という意味であろうか。相川、宮本、毛里などの強烈な個性の思想を技術想像力という概念で共通化することで、同時代の技術思想を明確化しようとしたのであろう。彼らのスケールの大きなユートピア思想は魅力的ではあるが、著者は彼らの技術想像力を積極的に評価しているわけではない。むしろ「ディストピア」として、日本の戦争犯罪、地域社会解体、自然環境破壊などを糾弾するのである。また、本書では技術官僚・土木技師が推し進めた満洲の豊満ダムと朝鮮・満洲国境の水豊ダムを中心とする、東アジア占領地域における巨大開発計画について詳細に考察している。その過程は非常に興味深いものがあるが、著者が繰り返し提示する結論は、彼らの技術想像力は不確かなものであり、計画は想定通りに進まなかったということである。巨大ダムは戦時中に完成するのであるが、著者は日本の土木学界が誇示する偉業さえも、その負の遺産に注目するのである。終章では戦後の日本の動向に触れ、土木技師も経済官僚も戦後の復興に活躍し、戦時中の技術想像力による権力行使のメカニズムは戦後も継続していると、著者は分析する。戦後にアジアを含め、数多く建設されたダムはその代表例としている。アメリカの研究者による日本批判の書であるが、著者の幅広い視野と深い洞察は読者に大きな知的刺激を与えてくれるであろう。(塚原東吾監訳)(あおき・ひろし=横浜国立大学国際社会科学研究院教授・経営史・科学技術史)★アーロン・S・モーア(一九七二―二〇一九)=アリゾナ州立大学歴史・哲学・宗教学研究学科(歴史学部)准教授・近現代日本史・科学技術史。コーネル大学歴史学部Ph.D。論文に「「大東亜の建設」から「アジアの開発」へ 日本のエンジニアリングのポストコロニアル」など。