――都市社会学的な視点、多様なデータから解き明かす――田中大介 / 日本女子大学人間社会学部准教授・社会学週刊読書人2021年2月26日号都市に聴け アーバン・スタディーズから読み解く東京著 者:町村敬志出版社:有斐閣ISBN13:978-4-641-17452-8 現代日本を代表する都市社会学者による東京論である。初学者にとっては、東京というよく知られてはいるが、理解が難しい場所を見通す熟練の技を学ぶことができる。他分野の都市研究者や手練れの読書人にとっては都市社会学的な視点の現在における到達点を測る試金石になるだろう。 東京への切り口は無数にあり、これまでさまざまな東京論が書かれてきた。その切り口一つ一つが多様な東京像を作り上げ、多面体としての都市が現れることになる。本書はそうした多面体として都市をどうとらえるのか。 本書で「アーバン・スタディーズ」と呼ばれる——狭義の「都市社会学」に収まりきらない——視点は、社会学、地理学、歴史学、経済学、政治学、都市計画などの成果を取り入れたものとされている。そして、東京の地理、歴史、経済、空間、政治という順に分析が進められる。描き出されるのは、多方面にわたる要素がせめぎあいながら特定の空間に収斂し、現代都市・東京を形作っていく様子である。メガシティ東京の形成過程から二〇二〇年に開催予定だった東京五輪(そしてコロナ禍による延期)に至る大規模開発やグローバル化の仕組み——それらが人びとの日常生活やよく見る風景という具体的な様相を通して分析されている。東京を知る人にとっては思い当たる描写が多くあるのではないだろうか。 このようにメガイベントや巨大施設が席捲する現代都市の政治経済的なプロセスを解き明かす一方、本書の基調にあるのは小さな出来事、小さな場所、ミニマムな共同性を掘り起こそうとしている点だろう。これらを通じて「都市は誰のものか」を問うているのだが、東京という大きな対象を扱う際、総花的になりやすい記述を鍵留めする「都市社会学」らしさにもなっている。現在、新型コロナウイルスの流行によって都市のありかたそのものに大きな変化が求められている。本書でもこの事態に頻繁に言及されているが、リスク社会化に対する都市のレジリエンスやサステナビリティもまた「巨大さ」とは異なるところにあると見込まれているようである。 ミクロとマクロをつなぐ視野の広さ、そしてヒト、モノ、ココロの相互作用のなかで現れる都市という視点のバランスは、多面体としての都市をうまくつなぎあわせている。都市そのものが個別の研究領域をやすやすと横断する対象であるだけに、広く柔軟な視野を要求される社会学の強みが問われるところだろう。ただし、バランスの良さはともすれば散漫さやつまらなさと表裏になることもあるし、都市の「尖った」部分の面白さを希釈することがある。しかし、本書では著者の深い教養と広い知見によって現代の東京の生きたありようが活写されている。たとえば本書では統計資料、行政文書、新聞・雑誌、文芸作品、聞き取り、現地調査、著者による写真や記憶など——多様なデータが縦横に駆使されている。無用な難解さはなく具体的な資料を用いながらこともなげに書かれているが、長年、都市研究に携わってきた都市社会学者ならではといえる。こうした領域に達するまでにどれほどの研鑽を積まなければならないのだろうか。「都市に聴け」(Back to voices of the city)と、社会科学としては一風変わったタイトルがつけられているが、インタビュー調査やサウンドスケープ論が展開されているわけではない。村上春樹の『風の歌を聴け』を思わせるタイトルは、動き続ける風のような都市に潜在するメロディに耳をすまそうと誘っているようでもある。大都市を視覚の秩序として分析した社会学者G・ジンメルを思うと、目に見える都市からさらに一歩踏み出させようとしているようにも思える。 このように「聴く」というメタファーにはさまざまな想像や出処を引き寄せる余白があるが、著者のメッセージはシンプルだ。私たちは混迷する未来をどのように生きていくべきなのか。それを知るための生きた教材として都市がある。その声に虚心に耳を傾けよ——本書はそうメッセージを発している。混沌としたノイズのような東京の音を聴き分けていくことは容易ではないが、本書はその導きの糸になるだろう。(たなか・だいすけ=日本女子大学人間社会学部准教授・社会学)★まちむら・たかし=一橋大学大学院社会学研究科特任教授・都市社会学。博士(社会学)。著書に『開発主義の構造と心性』、共著に『新版 社会学』『都市の社会学』、共編著に『脱原発をめざす市民活動』など。一九五六年生。