――ハードSFからVRもの、歴史ものに言語SF、童話、奇想と多彩――冬木糸一 / 書評家週刊読書人2020年9月4日号時のきざはし 現代中華SF傑作選著 者:立原透耶(編)出版社:新紀元社ISBN13:978-4-7753-1828-7 SFとしては異例といえるシリーズ累計三〇万部を突破した中国の作家劉慈欣(りゅう じきん)による『三体』。二〇二〇年にはその劉慈欣が「近未来SF小説の頂点」とまで激賞した陳楸帆(ちん しゅうはん)による『荒潮』、中国の精鋭SF作家らによるアンソロジー『月の光』が相次いで刊行。SF作家の想像力がアフターコロナの世界を照らし出す! といって、日本の作家陣に加え劉慈欣が映像出演した『世界SF作家会議』と題された番組がフジテレビの関東ローカルで放送されるなど、今中国SFと、それ以前にSFが熱い! そんな状況で刊行されたのが、『三体』の翻訳にも関わり日本における中国SF紹介・翻訳として今最大の存在感を放つ立原透耶によって編集された『時のきざはし 現代中華SF傑作選』だ。これまで中国SFの供給は主に早川書房から行われてきたが、本書は新紀元社からの刊行で、そうした広がりもありがたい。 作品は計十七名十七篇が集められていて、劉慈欣を除く中国SF四天王と呼ばれるベテラン勢から若手まで、内容も科学的な正確性にこだわったハードSFからVRもの、歴史ものに言語SF、童話、奇想と多彩なものが揃っていて、現代の中国SFがいかにおもしろいのか、その魅力を概観できるアンソロジーに仕上がっている。 収録作をざっと紹介してみよう。ハードSFの旗手といわれる江波「太陽に別れを告げる日」は、宇宙船の中で「自分を殺して相方を生かすか、またはその逆か」という究極のジレンマをコンパクトに描き出す極上の宇宙SFだ。続いて、時の流速を変える技術によって三〇〇億を超える世界人口を食わすための食料を育てていたら、そこに紛れ込んだ生物が驚異的な進化を遂げていて──というアイディアが光るモンスターサスペンス×時間SFの何夕「異域」。 昼温「沈黙の音節」は著者の専門を活かした言語、とりわけ〝発音〟についてのSF的アイディアがある人物の死に関わってくる、鮮やかなSFミステリ。日本在住で二冊のミステリ長篇が翻訳されている陸秋槎による、「ハインリヒ・バナールの文学的肖像」は本書のための書き下ろし作で、架空のドイツ語圏作家の評伝の形式をとる、現実の歴史と架空の歴史が交錯する偽史もの。当時の音楽や劇などの文化の書き込みが密で、〝空想科学文学史上、最も荒唐無稽な作品を書いている〟という評判を受けた、その人生が明らかになっていく。抜群におもしろい。 人間と見た目の異なる異種族との結婚をロマンチックに描き上げる凌晨「プラチナの結婚指輪」。チョウチンクラゲに似たエイリアン増えすぎ問題を描き出す双翅目「超過出産ゲリラ」。人間とはまったく異なる、驚くべき方法でコミュニケートをする異種生物との遭遇を描く靚霊「落言」など、ジェンダー、異種生物SFの出来も上々。 最後に、表題作である滕野「時のきざはし」は中国の皇帝やアッパース朝の帝王といった時の権力者らと対等に渡り合う女性の時をかける物語。人類はどこからきて、どこへ行くのか。そうしたSFの本質的な問いかけに迫る、表題作にふさわしい一篇だ。 任冬梅氏による各作家解説も本書収録作家らのまだみぬ作品への興味を沸き立たせてくれ、彼らのまだみぬ作品をもっと読みたくなってしまうが、まだ翻訳された中国SFが決して多いとは言えないことが、ただただ惜しい。中国SFの翻訳がここからさらに進展することを願ってやまない。(江波・何夕・糖匪・昼温・陸秋槎・陳楸帆・王晋康・黄海・梁清散・凌晨・双翅目・韓松・吴霜・潘海天・飛 ・靚霊・滕野著)(大久保洋子・及川茜・根岸美聡・浅田雅美・上原徳子・林久之・大恵和実・立原透耶・浅田雅美・上原かおり・大恵和実・梁淑珉・阿井幸作・林久之訳)(ふゆき・いといち=書評家)★たちはら・とうや=作家。「夢売りのたまご」で一九九一年下期コバルト読者大賞を受賞、翌年デビュー。SFからファンタジー、ホラーまでさまざまな作品を手掛け、代表作は『立原透耶著作集』全五巻にまとめられている。中華圏SFの紹介がライフワーク。日本SF作家クラブ、中国SF研究会会員。