――どう?とデュラスは問う ミッテランは喝破する――陣野俊史 / 文芸評論家週刊読書人2020年5月29日号(3341号)デュラス×ミッテラン対談集 パリ6区デュパン街の郵便局著 者:マルグリット・デュラス出版社:未来社ISBN13:978-4-624-61043-2八十年代から九十年代にかけてフランス大統領を務めたフランソワ・ミッテランと、二十世紀フランス文学を代表する作家マルグリット・デュラスの対談、とあれば、期待しないほうがおかしいだろう。ただし、デュラスの対談はいつもすばらしい、というわけではない。彼女は様々な人物と対談したが、たとえばジャン=リュック・ゴダールとの対話は、互いに相手の言葉に斜めから反応しようとする姿勢が顕著で、奇を衒うような言葉の応酬になっている。あるいはフランスサッカーの至宝だったミシェル・プラティニとの対話は、二人が別々の惑星に住んでいてたまたま地球で出会ってしまったので言葉を交わした、という特別な感想さえ抱かせるほどのぶっ飛び方をしていた。ミッテランはどうか。じつは、この二人、かなり若い頃からの知り合いだった。 二人の間にはもう一人別の人物の存在がある。ロベール・アンテルム。一九三六年、デュラスは友達を介してアンテルムに出会う。恋に落ちた二人は三年後に結婚、パリのサン・ブノワ街五番地に居を定める。一方、戦争に参加し、ドイツ軍の捕虜になっていたミッテランは、一九四一年、ようやく脱走に成功。四三年以後、自ら創設したレジスタンス地下組織「戦争捕虜と強制収容所被収容者の全国救出運動」(MNPGD)を指揮しながら、活動を続けていた。この組織では様々な人物が交錯したが、デュラスやアンテルムもそうだった。デュラスとミッテランが初めて出会うのも四三年で、二人はレジスタンスのいわば「同志」だった。 対談は五回に亘っている。第一回はデュラスの家で行われ、以上述べた、二人の過去を前提に回顧しているのが特徴だろう。第二回以後の四回は、ミッテランが大統領に当選した後、エリゼ宮(大統領府)で行われている。それぞれ章を分けて記述されているが、第一章は、フランス現代史の裏面といった雰囲気が漂う。第一章の対談の最後、デュラスはこう問う。「われわれ左派は非合法的な共和国大統領を選んだ、と。(中略)フランソワ・ミッテランは非合法性=地下活動性に属しているとわたしは考えています」。どう?とデュラスは問うのだが、ミッテランはフランス革命以後、左派は四度しか政権を奪取していない、と答え、自分たちの政権は「初めて左派が持続的に統治している政権」であり、非合法的だとの指摘には(気持ちはわかるけれど)、異議を唱えたい、と返す。第二回以後は、さらに議論は現在の政治状況に近づいてくる。移民と格差の問題や戦争危機、核開発、極右との対決、アフリカ諸国との関係などなど、現在のフランスが同じく抱えている諸問題について、二人は独特の間合いを挟みながら言葉を重ねてゆく。 一つだけ具体例を挙げる。ミッテランは、もし右派が勝てば彼らは何をやるか、を述べて強い批判を加える。「あちらが勝てばの話、なんと一〇〇億ないし一五〇億フランを税金のなかから回収するや、すぐにそれをもっとも裕福なフランス人一〇万人のポケットの中に戻すことなのです。なんとくだらない! あきれますよ! こんなに重大な心理的錯誤を犯すとは!」 右派政治家のやろうとしていることは「金の力を重視し、それに従属することそのもの」なのだ、とミッテランは喝破する。 エマニュエル・マクロンという名の現在の大統領の政策は、ここでミッテランが切って捨てている政策そのものである。ミッテランも草葉の陰で歯ぎしりしているに違いない。(坂本佳子訳)(じんの・としふみ=文芸評論家) ★マルグリット・デュラス(一九一四―一九九六)=作家。一九四三年『あつかましき人々』を発表。アルジェリア戦争に反対し、六八年五月革命に参加。自伝的小説『愛人』でゴンクール賞受賞。