――絶滅した生命の「今」の姿を知る――緑慎也 / サイエンスジャーナリスト週刊読書人2021年4月23日号ifの地球生命史 “もしも”絶滅した生物が進化し続けたなら著 者:土屋健(著)/服部雅人(イラスト)出版社:技術評論社ISBN13:978-4-297-11920-1 イグアナの背中に帆を生やしたような姿で、猛暑の砂丘を這いつくばって登るパピリオヌンブラ。海中で一〇本超の足をうねうねと動かし、五〇cmほどの円錐状の殻を垂直に伸ばして浮遊し、プランクトンを食べるトルペドケラス。頭部に鶏冠を備え、クチバシ状の口を持ち、長い首と、前後を入れ替えたような後ろ足を持っていて、横から見ると「入」という字に似て見えるマレオダクティルス。これらはいずれも本書で紹介される、架空の生き物たちだ。ただし「架空の」と言っても、異界の怪物の類ではない。生物学的な根拠に基づいてデザインされた創造物である。 地殻変動、巨大隕石衝突、あるいは他の生物との競争などにより、地球上ではこれまで無数の生物種が絶滅してきた。現在、彼らが生きた証として残されているのは化石のみだ。しかし、もし絶滅を引き起こすビッグイベントがなかったら、あるいは幸運にも生存競争に勝ち残って、滅びずに、長く生き残っていたら、どんな姿で、どんな生活をしたか。本書では、図鑑の体裁で、それぞれの架空生物の体の特徴、生態、進化の系譜を解説するとともに、生活の一コマを物語風に描いている。 歴史に「if」はあり得ないからと、本書のような試みを退けるのはもったいない。 遠い過去に絶滅した生物は、今、子孫がいないというだけで、どこか縁遠く感じるものだ。化石からその姿を想像するのにも限界がある。評者は、架空とはいえ進化形とその暮らしぶりを具体的に知ることができたおかげで、絶滅した実際の生物をぐっと身近に感じることができた。 また、どのような進化を遂げるかという思考実験の効用も大きい。生態系の弱者と呼ばれる三葉虫類も、全身を棘だらけにして徹底的に武装化すればたしかに生き残れるかもしれないとか、内陸に進出しながら他の生物種との競争に破れ、ペルム紀に絶滅したと考えられている分椎類もカメ類やアルマジロ類のように防御力を高めれば今も森林に生息しているかもしれないなどと、生物が持つ機能に目が向くようになるからだ。 著者は、地質学、古生物学を大学で学んだサイエンスライター。「おわり」によれば、科学雑誌『Newton』の編集記者をしていた二〇〇〇年代に本書の企画を思いついたという。なかなか日の目を見る機会を得なかったところ、同じ版元のシリーズ『リアルサイズ古生物図鑑』のヒットに力を得て、現役の古生物学者二人の監修者、古生物復元画などを描くイラストレーターの協力により刊行にこぎ着けたという。一つの本が生まれるか、企画案だけで滅びるかにも「if」が関わっていることを思い知る。『リアルサイズ~』は、現代の日常風景に古生物が出現したらどうなるかを想像して具現化したもの。趣向は同じだが、本書の設定の方が詳細で、地球の歴史について考えさせられる点が多い。人間として、あるいは企業として、どんな強みを持っていれば生き残れるかヒントを得ることすらできる。前シリーズから進化を遂げたといえるだろう。(藤原慎一・椎野勇太監修)(みどり・しんや=サイエンスジャーナリスト)★つちや・けん=オフィス ジオパレオント代表。サイエンスライター。著書に『化石の探偵術』など。