――世界各国の言語・文化とともに作品を紹介――築地正明 / 立教大学兼任講師・映像論・造形批評週刊読書人2021年6月18日号世界は映画でできている著 者:石田聖子・白井史人(編)出版社:名古屋外国語大学出版会ISBN13:978-4-908523-28-1「映画に興味はあるのだが、どこから手をつけて良いかわからない」。これは「イントロダクション」の中にある、執筆者の一人、柿沼岳志氏の言だが、昨今のような映像を取り巻く状況では、確かにそういう人は益々多くなってきていることだろう。本書はまさに、そういう一般読者に向けて、映画への豊かな入り口を提供してくれる貴重な本である。フランス、アメリカをはじめ、ヨーロッパの主要国における映画の成り立ちをしっかりと押さえつつ、あまり日本では知られていない、世界のさまざまな国の映画とその歴史を、各国の言語に通じた優れた研究者たちが、その誕生から現在に至るまで、それぞれの国の政治や経済や文化状況とともに、簡潔に紹介している。各国の映画の古典的名作から、ごく最近の傑作まで、具体的な作品がリスト化して紹介してあるのもいい。 ところで、本書を読んでいてあらためて痛感させられたことの一つに、映画は《視覚芸術》であると同時に、その中で使われる《言語》の理解抜きにしては、その総合的な把握は困難だということがある。すなわち、当然ながら映画もまた、その作品が作られた国の言語、文化、歴史、宗教、政治、経済等と切り離して考えることはできないということだ。ここに、本書が映画だけを専門とするのではない、世界各国の言語・文化を専門とする複数の執筆者によって書かれたことの重要な意義があるだろう。加えて、本書では難解な専門用語はほぼ全く使用されておらず、そのことも、大衆芸術として出発した「映画」が主題である以上、大事な点だと思う。 大学の教養科目の教科書として構想されたそうだが、本書のように世界的・歴史的な展望を有しつつも、一般読者へと開かれた入門書は、実はたいへん少ないのではないだろうか。本書を通して読者は、「国・地域ごとに独自の展開をとげたローカルな存在としての映画と、グローバルに展開する映像メディアが織りなす、複雑で豊かな模様」(「むすび」)を目の当たりにすることになる。また本書は、それぞれの国の置かれた現実的な事情を示しつつ、丁寧にその社会的・政治的な諸条件の歴史的変遷をたどってみせる。そうすることによって、この世界にさまざまな苦難と抵抗と創意に満ちた、知られざる映画史が存在しているのだということを、われわれに教えてくれる。 最後に、本書のタイトル『世界は映画でできている』について一言触れておこう。「映画」はもはや主流のメディアではない、という声もなかには聞こえてきそうだが、序文を読むとわかるように、ここで言う「映画」は、映画館で上映されるものだけに限定されてはおらず、広く映像メディア全般を含むような意味合いで用いられている。しかしながら本書は、一貫して世界の映画と、映画をめぐる歴史にフォーカスを当てている。このことは注意しておいていいだろう。というのも、そこには編者および執筆者たちの、「映画は「世界」そのものと関わっているという確信」(「むすび」)を認めることができるように思われるからだ。本書は、われわれを「映画と世界の豊かさを発見する旅」へと誘っている。(つきじ・まさあき=立教大学兼任講師・映像論・造形批評)★いしだ・さとこ=名古屋外国語大学准教授・イタリア文学・文化・映画学。★しらい・ふみと=名古屋外国語大学准教授・音楽学・表象文化論・映画の音楽。