――子育ての支援、エピソードと基本姿勢から説く――岡本明博 / 十文字学園女子大学教育人文学部教授・教育学・特別支援教育週刊読書人2020年6月26日号(3345号)子どもの扉がひらくとき著 者:小川浅子出版社:太郎次郎社エディタスISBN13:978-4-8118-0840-6マリア・モンテッソーリ(一八七〇―一九五二)は、ローマ大学医学部で学び、イタリアにおける女性の最初の医学博士の一人として知られている。一九〇七年にローマのサン・ロレンツォ街に「子どもの家」を開設した。知的障害児の治療教育の成果を基礎にして、幼児教育の方法を確立し、子どもの科学的な観察にもとづくモンテッソーリ教育を提唱した。 モンテッソーリは、丁寧な子どもの観察を通して、子どもには生まれながらに自ら成長・発達する力が備わっており、適切な環境と援助が与えられることで子どもは積極的に成長を遂げる存在であることを発見した。子どもを一個の人格的存在として尊重する教育法は世界に大きな影響を与え、その卓越性は、今日、国際的に再認識されている。 モンテッソーリ教育は、幼児の心身の内的な発達要求に応じつつ、「準備された環境」の中で一人ひとりの子どもが独自の創造性と喜びに満ちた活動を展開できるように援助を行う。その教育は、子どもの活動分野の特徴によって考えられた「日常生活」、「感覚」、「数」、「言語」、「文化」の領域に応じて展開される。 著者の小川浅子さんは子育て中に、あるモンテッソーリ園で三歳の子どもが毎日繰り返し集中して野菜を切っている姿から、子どもの行動の不思議さに関心をもった。後に、子どもが繰り返し行う行動には敏感期が影響していることをモンテッソーリ教育から学んだ。モンテッソーリ教育では、子どもがある能力を獲得するために、環境の中にある特定のことに対して、それをとらえる感受性が特別に敏感になる期間があり、この期間のことを敏感期と呼んでいる。敏感期はその時期その時期にある能力を獲得する原動力となり、子どもの発達段階に応じて、さまざまな形で順を追って現れる。本書は、日々の保育や保護者の手紙、連絡帳に記載された子どもの姿や、子育ての具体的な支援について、エピソードをまじえながら紹介し、モンテッソーリ教育の視点で解説している。 例えば、著者は「子どもとていねいに向きあうと、やりたいこと、困っていることが見えてきて、そこをサポートすることで、子どもは『できた!』の体験をする」「そのことに気付いた大人は、子育てがいっそうたのしく思えるようになるのではないか」と述べている。また、「自分で決めたことで強い意志力が生まれ、その後に発生するハードルを乗り越えようとする」「だからこそ、子どもが何かに夢中になっているときは、せかさず、ゆったりと、子どもの知りたい、できるようになりたい、という気持ちを大切に見守ってあげたい」という。 このように、子どもには「自分で選びたい」「自分で決めたい」「ひとりでやってみたい」「さいごまでやり遂げたい」という気持ちがあり、そこを大人が「できるように手伝う」「見守る」というモンテッソーリ教育の基本的な考え方が説明されている。 近年、子どもと親を取り巻く子育て環境の多様化と複雑化により、多様な教育的ニーズのある子どもの存在が注目されるようになってきた。モンテッソーリによると、人間はすべて多様で個性的な存在であるとし、その個性的な存在が自己を実現するために援助を行うのが教師の役割だとされる。「観察しながら、まちなさい」ということばは、教師の基本姿勢であるとモンテッソーリは述べている。この基本姿勢から親も学ぶことができるであろう。子どもそのものを自分の目でよく見て、子どもから学びながら、子どもの本質に基づいて援助せよとの教えである。 私たち大人が子どもの世界を知り、子どもを主体的で自立的な育ちへ導くために、幼児教育に携わる教師の方々、子育て中の親の方々にはぜひ本書を手にとってみてほしい。(おかもと・あきひろ=十文字学園女子大学教育人文学部教授・教育学・特別支援教育) ★おがわ・あさこ=教育施設「モンテッソーリたんぽぽ子供の家」(千葉県船橋市)園長。日本モンテッソーリ教育綜合研究所教師養成センターを修了。幼時教育を実践しながら全国で講演活動を行う。一九四七年生。