書評キャンパス―大学生がススメる本―金井志織 / 大東文化大学文学部日本文学科4年週刊読書人2020年9月11日号葡萄が目にしみる著 者:林真理子出版社:KADOKAWAISBN13:978-4-04-157908-4 初夏の風にさらさらと揺れる葉、未熟な硬い実をつけた房、山の斜面をなぞるように続く葡萄畑。読み始めて一番に湧いたのは、懐かしさだった。 東京から急行で二時間、山を越えた先にある町に住む岡崎乃里子は、葡萄農園を営む家に生まれた。物語は、乃里子が葡萄の種をなくす薬液である〈ジベ〉に房を浸す作業を手伝うところから始まる。薄桃色の薬液は、指や服を紅く染め上げてしまう。紅く染まった子供の指は農家の子供の証であり、それは乃里子にとって、地味で冴えない子供の証でもある。乃里子は、自分の容姿が嫌いだった。従姉妹の葉子は、垢抜けた見た目で、大人びた表情で笑う。乃里子の両親でさえ、「器量がいい」と葉子を褒め、しきりに可愛がる。乃里子は、垢抜けない自分を恥じると同時に、愛嬌を振りまき、同級生の男子と仲良くするクラスメイトの女子たちを非難めいた目で見ていた。乃里子にとって、彼らとの交流など考えられないことだった。未知の世界に憧れを抱いた乃里子は、男女共学の高校へ進学する。 私も冴えない中学生だった。電車で三十分の「町」の高校に進学することが決まった時は、今までとは違う自分になれるかもしれないと、期待に溢れていたものだ。高校生になればきっと素敵な日々が待っている、乃里子もそう思いながら、高校まで自転車を走らせていたことだろう。しかし、現実はそんなに都合の良いものではない。乃里子は高校生になっても、コンプレックスを抱え、共学校にいながら華のある生活とは無縁の自分と、女子校に進んでもなお華々しい青春を謳歌する葉子の姿を見て、憎しみを募らせる。そんな乃里子だが、ひっそりと思いを寄せる相手がいた。生徒会書記長の保坂である。彼を思う時間は、乃里子にとって青春だったと言えるだろう。彼女も、彼女なりに青春を謳歌していたのだ。しかし、〈初恋は実らない〉とはよく言ったもので、乃里子の初恋もあっけなく散ってしまう。乃里子なりの青春をどれだけ謳歌しようとも、華々しい青春を送る女子校の生徒には敵わなかったのだ。生まれ持ったものの差は、どうしたって埋められない。「大っ嫌い。大っ嫌い。大っ嫌い」。そう言いながら、一人弁当を飲み下す乃里子の姿は、苦しくて揺るがない現実を見せられているようで、胸が痛くなる。苦い失恋を乗り越え、三年生に進級した乃里子は、高校生活最後の一年を迎え、大学受験という人生の岐路に立つ。 この作品は、学生時代の煌めきを閉じ込めたような青春小説とは一線を画すものである。作中に散りばめられた青春は、ミルクを落とした水のように、くすんだ色をしている。自分自身に思い悩むことも、女友達への嫉みも、恋に苦悩する姿も、その全てが、青春のリアルなのである。しかし、そんな高校生活の中で、乃里子はいつでもしたたかなのだ。華やかな青春とはかけ離れた自分を、彼女は決して諦めない。「いつかどこかで、青春のつじつまが合う」ことを、中学生になっても高校生になっても、乃里子は固く信じているのだ。本作がどこかすっきりとした味わいを持っているのは、浮かばれない自分を悲観しつつも、自分の気持ちに正直に、確かな足取りで学生生活を歩む乃里子の姿があるからだと思う。決して綺麗とは言えないこの青春物語は、きっと多くの人の記憶と心に刺さることだろう。 私は、不器用ながら懸命に自らの青春を創り上げる乃里子の姿を、懐かしく、自分を重ねるようにして眺めていた。それは、私が乃里子と同じ環境で育ったからという訳ではないだろう。田舎育ちも都会育ちも関係なく、全ての人の青春が「目にしみる」一冊である。★かない・しおり=大東文化大学文学部日本文学科4年。本を読むことと音楽を聴くことが好きです。最近は映画やドラマを観る時間も増えました。作品についていろい ろ考えるのが好きです。