アンダーグラウンドで活動する過激主義勢力を近距離から描く 井上弘貴 / 神戸大学教授・政治理論・アメリカ政治思想史週刊読書人2022年3月11日号 ゴーイング・ダーク 12の過激主義組織潜入ルポ著 者:ユリア・エブナー出版社:左右社ISBN13:978-4-86528-054-8 米連邦議会議事堂襲撃という衝撃的な事件から一年後の二〇二二年一月末、トランプ元大統領はテキサス州でおこなった集会で、自分が二〇二四年の大統領選挙で再選されたあかつきには襲撃事件で罪に問われた人びとに恩赦を与えるつもりだと集まった支持者たちに語った。事件にかかわった人びとは、あまりにも不公平にあつかわれている。選挙制度は腐敗している。選挙は盗まれたというトランプ陣営の主張は変わることがなく、アメリカ社会の分断が修復される見込みは感じられない。さまざまな陰謀論はひと頃に比べて落ち着いたようにみえるものの、それは表面的にそうみえるだけであって、根本的には何も変わることのないまま、アメリカのみならず世界は推移している。 分断と陰謀論に縁どられた現在にあって、その現在を根底においてつくりだしているのは、テクノロジーと、それを活用するさまざまな過激主義の勢力である。その勢力を、驚くほどの近距離から本書は描写する。著者はユリア・エブナー。一九九一年にウィーンに生まれ、現在はロンドンにある戦略対話研究所に在籍して欧州の極右過激主義を調査するエブナーは、架空の経歴を用い、ときにはウィッグをつけて変装をし、危険をともなうスリリングな潜入調査をおこなってきた。調査対象の組織やネットワークは多岐にわたる。だが、ふたつの章でひとつのパート構成をとる本書の各パートのタイトル――新人勧誘、社会化、コミュニケーション、ネットワーキング、動員、攻撃――が示しているように、主義主張は異なり、場合によっては相対立することさえあっても、過激主義の諸勢力は類似した戦術的レパートリーを採用し、日々、進化をとげている。たとえば、全員がそうではないにしても、最近の欧州の極右は、しばしばおしゃれでスタイリッシュであり、洗練された表現や文化活動を通じて自分たちの主張やメッセージを発信する場合も少なくないことを、本書は指摘する。 なによりも本書が明らかにしているのは、今日の過激主義の主たる活動の場はオンライン空間であるということだ。もちろんそれは、いまさら言うまでもないことかもしれない。ただ、過激主義が不安や孤独を抱えた人間をそうとは気づかせずに引き込み、現実では得られない自尊心や慰めをオンライン上で与えている事例に、あるいは大量の不正確なコンテンツをネット上に流通させることで正しい情報と間違った情報の区別を無効化させ、既存メディアにたいする不信感を広める戦術に本書が触れるとき、私たちはもはや引き返せない地点を通り過ぎてしまったことに気づかされる。拡散された論争的なコンテンツの前では、誰も中立ではいられない。本書で「戦略的二極化」として紹介されている状況は、ソーシャルネットワーキングサービスではみなれた光景になりつつある。本書でエブナーが言っているように、フェイスブックのようなサービスは、人びとに新しいつながりかたを提供するというユートピア的目的を掲げて始まった。しかしそれは今や、人びとに新しい分断をもたらすディストピアづくりに加担している。この逆説がたちあらわれている現場をエブナーは丹念に拾い集めたうえで、シンクタンカーとしての冷静な分析をほどこしていく。 とはいえエブナーは、自分が冷静さをうしなう場面を本書で何度か率直に書いている。プライベートで別れを乗り越えた直後のエブナーは、反フェミニズムの女性たちが集うオンラインのコミュニティを潜入調査するなかで、知らず抱えていた内なる不安が自分を飲み込みそうになるのを経験して、パソコンを辛くも閉じる。憎悪をみずからに向けてしまう危険をエブナー自身が体感するエピソードが端的に示しているように、本書が明るみに出しているのは、過激主義とは一部の人間の異常な考えなどではなく、誰しもの内面に等しく潜んでいる闇に依拠したものだということである。(西川美樹訳)(いのうえ・ひろたか=神戸大学教授・政治理論・アメリカ政治思想史)★ユリア・エブナー=戦略対話研究所(ISD)上席主任研究官。オンラインの過激主義・偽情報・ヘイトスピーチなどを研究対象とし、国際連合、北大西洋条約機構、世界銀行など政府機関や諜報機関にアドバイスを行う。一九九一年生。