――行く先々でいつも奇妙な事態に見舞われる――円堂都司昭 / 文芸評論家・音楽評論家週刊読書人2020年4月17日号(3336号)月岡草飛の謎著 者:松浦寿輝出版社:文藝春秋ISBN13:978-4-16-391172-4老境に入った俳人が、いくつもの不可解な出来事に遭遇する。連作短編形式で書かれた松浦寿輝『月岡草飛の謎』は、とりあえずそのような内容だと説明できるだろう。 版元のウェブサイト「文藝春秋BOOKS」の作品紹介には「月岡のもとに持ち込まれる謎めいた依頼の数々」と書かれ、「ブラックユーモア短編集」と位置づけられている。月岡はラジオ放送へのレギュラー出演やロサンゼルスでの講演及びワークショップ、連句会での指導、人類存続研究所の見学、祝賀パーティへの出席など活発に行動する。そして、行く先々でいつも奇妙な事態に見舞われるのだ。 依頼と謎といえば、探偵が活躍するミステリ小説の定番である。本作は書名だけでなく各章が「ラジオ放送局の謎 あるいはなぜ押し入れの中はこれほど心が安らぐのか」、「LAワークショップの怪 あるいは無人電車に勤務する車掌はなぜ軍刀を佩用しているのか」などと題されている。どの章題も「謎」か「怪」を掲げ、「なぜ」、「どうやって」、「いかにして」などと問いかける文言を含む。『ギリシャ棺の謎』、『エジプト十字架の謎』などと題されたエラリー・クイーンの国名シリーズが、ミステリ小説の古典になっていることを思い出させるネーミングである。 しかし、クイーンのシリーズでは作者と同名の探偵が謎を推理し、事件を解決に導くのに対し、本作の主人公は謎を解こうとしない。ラジオ出演やワークショップでは、依頼された月岡が企画側の趣旨を理解しようとしないまま現場へ赴き、すれ違いが生じる。パーティではなにを祝賀しているのか、混乱する。また、彼が、自分の近くにいる人間のことをどれだけ把握しているのかもあやしい。この小説には世界的に高名な映画監督である「ポリンスキー」をはじめ、外国人が多数登場する。だが、彼らと月岡の会話にはいろいろ齟齬がみられ、相手は本当にその人か、はたして外国人なのか、そもそもここはどこなのかわからなくなる。どんどん周りの風景が歪み、まるで異界に迷いこんでしまうのだ。 月岡は「なぜ」、「どうやって」、「いかにして」の問いをろくに考えようとしない。いくらこじれた状況になっても、さほど困っている風にはみえない。主人公は老いのためか、認知に問題を抱えているか、狂気に陥っているのだろうと読者は想像する。月岡だけでなく小説の作者も、謎の真相を語ろうとはしない。一方、どんな状況になっても月岡は俳人らしくいくつもの句を詠み、玄人っぽい解釈や講釈を披露し、素人の句には技術的なダメ出しもする。つまり、俳句に関してだけは、謎解きが行われるわけだ。この部分的なまともさが、物語全体のおかしさを強調することにつながっている。 作者は技巧を凝らし、周到にふざけている。とんでもない異界に連れていかれた読者は、ただ笑うしかない。(えんどう・としあき=文芸評論家・音楽評論家) ★まつうら・ひさき=詩人・小説家・東京大学名誉教授。著書に詩集『冬の本』(高見順賞)、評論『エッフェル塔試論』(吉田秀和賞)「花腐し」(芥川賞)『名誉と恍惚』(谷崎潤一郎賞)『人外』(野間文芸賞)など。一九五四年生。