――謎解きの面白さと心温まる人情の融合――末國善己 / 文芸評論家週刊読書人2020年7月24日号(3349号)駆け入りの寺著 者:澤田瞳子出版社:文藝春秋ISBN13:978-4-16-391195-3江戸時代は妻から離婚の申し立てができなかったが、駆け込めば寺法によって離婚ができる尼寺があった。鎌倉の東慶寺は駆け込み寺として特に有名で、隆慶一郎『駆込寺蔭始末』、宮本昌孝『影十手活殺帖』、井上ひさし『東慶寺花だより』、田牧大和〈縁切寺お助け帖〉シリーズなど、東慶寺の近くで離婚を望む女性をサポートする仕事をしている人たちを主人公にした作品は多く、一つのジャンルを形成しているといっても過言ではない。 本書も広い意味では駆け込み寺ものだが、舞台は東慶寺ではなく京の林丘寺、駆け込む人たちは離婚以外の悩みを抱えているケースもあり、寺を変え、事件にバリエーションを付けることで新機軸を打ち立てている。『日輪の賦』『落花』などで古代史ものの歴史小説を牽引している著者だが、京の薬種園で働く女薬師が難事件に挑む〈京都鷹ケ峰御薬園日録〉シリーズを始め時代ミステリーにも傑作が多い。本書も、この系譜の作品といえる。 林丘寺は後水尾天皇の皇女・元瑶が開いた実在した尼寺で、物語の開始時点では、当今(中御門天皇)の叔母で、霊言上皇の皇女である元秀が二代目の住持になっている。この林丘寺に持ち込まれるトラブルを解決するのが、幼い頃に火事で両親を亡くして元瑶に育てられ、ある事件で心に傷を負ったまま林丘寺の雑用係である青侍の梶江家の養子になった静馬である。 賭場に通う夫に離縁状を書いて欲しいと林丘寺に駆け込んできた女の真意を探る表題作。老尼の嶺雲が、若き日に質草にした観音菩薩像を別の道具屋に売り、親切を裏切ったと老婆が怒鳴り込んでくる「不釣狐」。患者の家族が医師を罵った事件が、寺に出入りする菓子屋の家族の騒動に繋がっていく「朔日氷」。なぜか人通りの少ない林丘寺に赤子が捨てられる「三栗」。達摩忌に飾る達磨菩薩図が虫に喰われ、代わりの絵を取り寄せるも盗まれてしまう「五葉の開く」など収録の七編は、周到な伏線から意外な動機を浮かび上がらせる作品が多い。静馬と尼僧たちは、事件の解決よりも、当事者が傷つかない落とし所を模索することを優先するだけに、謎解きの面白さと心温まる人情の融合も鮮やかだ。 林丘寺は、皇女や高位の公家を住持にする比丘尼御所の一つで、内裏とほぼ同じような生活が営まれている。そのため林丘寺では「御所言葉」が飛び交い、雛の節句、御所より下された氷を食べる水無月の朔日などの行事が行われ、仏像、絵画、菊の栽培が絡む事件も珍しくない。日本の伝統と文化をさりげなく掘り下げたところは、『満つる月の如し 仏師・定朝』『若冲』など芸術小説を発表している著者の面目躍如といえるだろう。 作中でも指摘されているが、寺には「失脚者・犯罪者」を受け入れる役割があった。静馬たちが、家族関係、過去への悔悟、将来への不安などに押し潰され、逃げ場所を求めて林丘寺にたどり着いた人たちに手を差し伸べる展開は、長く困難に立ち向かうことを美徳とし、逃げることを卑怯、責任放棄と批判してきた日本社会のあり方への異議申し立てといえる。逃げることで新たな一歩を踏み出す人たちの物語は、逃げずに神経をすり減らすのではなく、逃げる勇気を持つことが大切な局面もあると気付かせてくれるのである。(すえくに・よしみ=文芸評論家) ★さわだ・とうこ=作家。著書に『孤鷹の天』(中山義秀文学賞)『満つる月の如し仏師・定朝』(本屋が選ぶ時代小説大賞、新田次郎文学賞)『若冲』(歴史時代作家クラブ賞作品賞、親鸞賞)など。一九七七年生。