――成長の只中にあるこの技術を多角的に検討する――吉川浩満 / 文筆家週刊読書人2020年7月17日号(3348号)絶滅動物は甦らせるべきか? 絶滅種復活の科学、倫理、リスク著 者:ブリット・レイ出版社:双葉社ISBN13:978-4-575-31525-7絶滅動物を蘇らせる――映画『ジュラシック・パーク』シリーズ(現時点で全五作品もある)でも人気のテーマは、もはやフィクションの世界のものではなくなっている。学術界・産業界では「ディ・エクスティンクション」(逆絶滅)と呼ばれ、実現に向けて準備が進められているところだ。本書は、科学コミュニケーションを専門とする著者が、ディ・エクスティンクションにまつわる関係者たちを取材したルポルタージュである。 本書は、ディ・エクスティンクションで用いられる技術の概要を説明したのちに、なぜそれが必要なのか、再生の有力候補はどのような種か、その生態学的な意義はなにか、特許や収益の観点から見たらどうかなどの諸問題を、関係者へのインタビューを通じて多角的に検討していく。激しく賛否の分かれそうなテーマであるが、著者の取材姿勢はバランスのとれたものだ。 まず注意すべきは、ディ・エクスティンクションといっても、映画に描かれたように簡単に恐竜が再生されたりすることはないということだ。数千万年前に絶滅した恐竜のDNAを必要なだけ採取することなどできないからである。永久凍土に眠るケナガマンモスでさえ、まとまった量のDNAを得ることは困難だという。だが、方策がないわけではない。遺伝子編集技術を用いて、絶滅種を特徴づけていた遺伝子を近縁種のゲノムの中に移すことで、その近縁種を実質的に絶滅種へと変換するのである。このように、実際のディ・エクスティンクションの試みは、絶滅種を直接再生するというより、絶滅種によく似た新種をつくることに照準している。 では、なぜそんなことをするのか。ディ・エクスティンクションに取り組む非営利団体で本書でも大きく扱われるリバイブ&リストアは、その理由を「絶滅危惧種や絶滅種の遺伝子救済を通じ、生物多様性を高める」ためとしている。どの生物種を再生するかの選択については、彼らは生態系の機能全体に重大な影響を及ぼす生物種をキー・ストーン種と呼び、このキー・ストーン種の再生を主張するのである。 もちろん疑問や批判もある。それによって本当に生態系を復元できるのか。ディ・エクスティンクションを唱える者は生態系の複雑さを過小評価しているのではないか。それに、再生の対象を適切に規制することはできるのか。ただでさえ人間には美しい鳥や可愛い哺乳類といった「カリスマ種」へのえこひいきがある。映画に描かれたような危険は本当にないといえるのか。さらにいえば、ディ・エクスティンクションの実現によって、生物種の絶滅など簡単に帳消しにできるというモラル・ハザードが生じるのではないか。そもそも人間にそんなことをする権利はあるのか、等々。 本書がこれらの難題に解答を与えてくれるわけではない。だが、それで落胆するのはお門違いであろう。少なくともこのテーマに関しては、いまだ共通のコンセンサスも、正しい解答も存在しないからである。その代わり、本書はわれわれが思いつきそうな疑問ならすべて扱っている。なぜなら著者もこうした疑問の答えを知りたいからであり、さらには成長の只中にあるこの技術に携わる科学者や実業家や運動家もその点では同じであるからだ。自然と人間の関わりについて多くを考えさせてくれる好著である。(高取芳彦訳)(よしかわ・ひろみつ=文筆家) ★ブリット・レイ=科学番組制作者・著述家。英BBC、カナダのCBCでラジオ、テレビ、ポッドキャスト番組の司会を務める。生物学の学士号を取得したのち、コペンハーゲン大学(デンマーク)で科学コミュニケーション(合成生物学)の博士号を取得。