――独自性を打ち出し文庫の存続を呼び掛ける目的も――南陀楼綾繁 / 編集者・ライター週刊読書人2021年9月17日号大宅壮一文庫解体新書 雑誌図書館の全貌とその研究活用著 者:阪本博志(編)出版社:勉誠出版ISBN13:978-4-585-30001-4 大宅壮一文庫(以下、大宅文庫)の存在を知ったのは、私が大学生のとき。学部の図書室で手に取った『大宅壮一文庫雑誌記事索引総目録』(1985年刊)は、人物編6巻・件名編6巻で構成されている。人名編には、名前すら聞いたことのない人物についての雑誌記事が列挙されていた。 もっと驚いたのは件名編で、「政治・その他」「探検・移民」「天皇」「戦争」「犯罪・事件」「世相」「奇人変人」「マスコミ」「日本研究」「地方」など33の大項目に分類されている。図書館の分類法とは違う独自の分類である。さらに中項目を見ると、「芸能・芸術」の中に「アングラ劇」「スター・経済生活、ギャラ」という項があったりして面白い。これは読む目録だと思った。のちに編集者になってからは、この目録からいくつものネタを拾った。 大宅文庫は、多方面で活動したジャーナリストの大宅壮一が原稿執筆のために収集した明治・大正の雑誌を収める「雑草文庫」がもとになっている。大宅が亡くなった翌年の1971年5月に、自宅の一部に「財団法人大宅文庫」が設立された(のちに大宅壮一文庫と改称)。出版社に協力を呼び掛け、雑誌の寄贈を募った。現在の蔵書数は約80万冊・1万2700種類に上る。そのうち、約7000誌の創刊号を所蔵している。まさに雑誌の宝庫だ。 開設50年にあたる今年、大宅文庫に関する2冊が刊行された。『大宅壮一文庫解体新書』は、「雑誌研究会」に属する研究者が、大宅文庫を活用して、「受験・教育雑誌」「出版社系週刊誌」「東京温泉」「山谷」「秋田実」「スケバン」などのテーマで研究を行った実例を示すものだ。それぞれの研究者が、どのように雑誌資料を調べ、どのように論を展開していくか、その手つきがうかがえるのが面白い。 その過程で、大宅文庫の分類の特徴も見えてくる。たとえば、光石亜由美は「『大宅壮一文庫雑誌記事索引』にみる性風俗の歴史」で、大項目「世相」で、「喫茶店」と「カフェー」を区別し、「ダンスホール」を「風俗業一般」に入れてあることを指摘し、こう書く。「このように大宅壮一文庫独自の件名索引は、大文字の歴史には記録されない、移ろいやすい世相、消えてゆく風俗をアーカイブとして貯蔵する貴重な記録の宝庫だけではなく、その時代時代の社会・世相・風俗のとらえ方の枠組み自体も反映しているといえよう」 大宅文庫職員・鴨志田浩の「雑誌の図書館 大宅壮一文庫」によれば、大宅文庫では雑誌の目次をそのまま入力するのではなく、職員がひとつひとつの記事を通読してキーワードなどを決めているという。 そうやって集積した索引を、大宅文庫はさまざまなメディアで公開してきた。冒頭で書いた『大宅壮一文庫雑誌記事索引総目録』とその続編、CD-ROM版、人物名索引のオンデマンド出版など。2002年にはインターネットで「Web OYA-bunko」が公開され、公立図書館などから利用できるようになった。 雑誌目録についてはこれまで主要なタイトルしか掲載していなかったが、今回刊行された『大宅壮一文庫所蔵総目録』では、全部の所蔵雑誌について号単位で掲載している。 同書の阪本博志の解説によれば、所蔵雑誌は、(1)『キング』『主婦の友』『中央公論』など「それぞれの時代を知るためには柱となるような雑誌」、(2)『女性』『思想』など「マスマガジンではないものの、それぞれの時代のある断面を知るうえで重要な雑誌」、(3)『草の実』『ベ兵連ニュース』などの「ミニコミ」、(4)『インドネシア時報』『週刊公論』など「大宅個人とかかわりの深い」雑誌、に分類できるという。また、『大宅壮一文庫解体新書』の前島志保「雑誌アーカイブ・大宅壮一文庫」でも、所蔵雑誌の傾向が述べられている。 他にない所蔵雑誌と索引の独自性によって、多くの人に利用されていた大宅文庫だが、インターネットの普及や雑誌そのものの衰退により、利用者が減少している。2書の刊行には、大宅文庫の独自性を打ち出すことで、文庫の存続を呼び掛ける目的もある。『大宅壮一文庫解体新書』で物足りなかったのは、企画の経緯から当然とはいえ、執筆しているのが研究者のみという点だ。ジャーナリストや編集者など、さまざまな立場の人が大宅文庫の活用法を語る続編の刊行を望む。(なんだろう・あやしげ=編集者・ライター)★さかもと・ひろし=帝京大学教授・社会学・出版文化論。一九七四年生。