――男性アイドルの歴史をたどり直す――宮入恭平 / 社会学者・立教大学等兼任講師週刊読書人2021年5月14日号ニッポン男性アイドル史 一九六〇―二〇一〇年代著 者:太田省一出版社:青弓社ISBN13:978-4-7872-3484-1 太田省一の『ニッポン男性アイドル史』を読みながら、「アイドルとは何か」という命題について考えてみた。 現在のアイドル像の先駆的存在というクリシェにもなっている南沙織が「17才」でデビューしたのは、ちょうど半世紀前の一九七一年のことだった。そして、いまやアイドルという存在は、広く社会に認知されるようになっている。もっとも、時代の潮流のなかで、世代やジェンダーを越えて人びとに描かれるアイドル像は、グループアイドルから2・5次元、K-POPにいたるまで千差万別だ。ちなみに、一九八〇年代前半にティーンエイジャーだった僕が真っ先に思い描くアイドル像は、女性ソロ歌手(松田聖子、中森明菜や小泉今日子など)ということになる。 大学の授業で「音楽社会学」や「音楽文化論」といった科目を担当していることから、僕自身もアイドルについてまったくの無関心ではいられない。実際のところ、自著『ライブカルチャーの教科書』(青弓社、二〇一九年)のなかでもアイドルについて言及している。とは言え、アイドル研究を専門としているわけではない僕には、これまで蓄積されてきたアイドル論を参照しながら、日本におけるアイドルの変遷を理解するのが精一杯だった。そして、そこで違和感を覚えたのは、男性アイドルに関する記述の少なさだった。 数多のアイドル論を綴ってきた著者によると、本書の目的は「日本の男性アイドルの歴史をたどり直すこと」にあり、男性アイドルに注目するのは、「これまで男性アイドルの歴史について書かれたものが、女性アイドルに比べて少ないように思えるから」だという。これまで語られてきた男性アイドル論は、一九七〇年代に創出されたアイドル像を起点とする女性アイドル論へと副次的に組み込まれてきたように思われる。図らずも、本書のタイトルに冠せられた「男性アイドル」という言葉はまるで、既存のアイドル論に包含されるジェンダーの非対称性を露呈するかのようだ。 男性アイドルの歴史をたどり直すという本書の目的は、既存のアイドル論を問い直す試みと言い換えることができるかもしれない。もちろん、アイドル論には女性アイドルのみならず、男性アイドルも含まれて然るべきだ。それにもかかわらず、既存のアイドル論には、無自覚のうちにジェンダーによる差異が生じてしまった。もっとも、それは、アイドルそのものがジェンダーによって規定されてきたというよりはむしろ、同じアイドルという呼称が用いられながらも、男性アイドルと女性アイドルが必ずしも同列に扱われてこなかったことによるものと言えるだろう。 女性アイドルを中心としたアイドル論では、男性アイドルの歴史を時系列で把握することがたやすいとは言い切れない。そのような既存のアイドル論のあり方を問い直すことこそが、本書の重要な意義になるのは間違いないはずだ。つまり、女性アイドルを中心としたアイドル史観から、男性アイドルを中心としたアイドル史観へのパラダイムシフトというわけだ。そうなると、これまで僕自身が描いてきたアイドル像についても、問い直す必要がでてくるかもしれない。何しろ、僕にとってのアイドル像は、いまなお一九八〇年代前半の女性ソロ歌手のままなのだから。 そうしたなか、ベイ・シティ・ローラーズ(BCR)でボーカルを務めたレスリー・マッコーエンの訃報が飛び込んできた。スコットランド出身のメンバーで結成されたロックバンドのBCRは、一九七〇年代に人気を博した男性アイドルの系譜に位置づけられる存在として、本書のなかでも紹介されている。そして、男性アイドルを中心としたアイドル史観にもとづくならば、まさしく「BCRは日本人が思い浮かべるアイドル像に近かった」のだ。 さて、もう一度ページを捲りながら、改めて「アイドルとは何か」という命題について考えてみようと思う。(みやいり・きょうへい=社会学者・立教大学等兼任講師) ★おおた・しょういち=社会学者・文筆家。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビと戦後日本などをテーマに執筆活動を続ける。著書に『平成アイドル水滸伝』『テレビ社会ニッポン』など。一九六〇年生。