――決して偏ることなく客観的で論理的な内容――猫組長 / 元山口組系組長・評論家週刊読書人2021年8月27日号ギャンブリング害 貪欲な業界と政治の欺瞞著 者:レベッカ・キャシディ出版社:ビジネス教育出版社ISBN13:978-4-8283-0863-0 ギャンブリング=賭博の起源は占いであり、それは神聖な儀式でもあった。天候や吉凶の方角を、貝殻や動物の骨で作った原始的なサイコロで占うのだ。古代の王や領主といった権力者は、重要な決定事項の多くを偶然性に委ねたのである。 同じ頃、「くじ」も歴史上に登場する。旧約聖書の民数記には、モーセがヤハウェの言葉に従い、ヨルダン川西岸の土地をくじ引きによって分配したと記されている。 その後、占いやくじは、娯楽としても普及していくのだが、やがて金品を賭ける賭博へと変貌していく。物々交換から始まった経済活動が、貨幣経済へと進化する過程でそれは自然な事象であった。 本書は一九八〇年代から世界的に急拡大していった商業ギャンブルの背景、ギャンブル業界と政治(国家)の関わりについて調査・研究したものをまとめている。著者のレベッカ・キャシディはロンドン大学ゴールドスミス・カレッジの人類学教授で、二〇年にも渡りギャンブル産業の定性調査を行なってきた。「ギャンブル依存症は疾患であり、ギャンブルによって引き起こされる害は、この社会に生きる私たちひとりひとりの責任である」 著者の主張からも分かるとおり、本書はギャンブルに否定的なスタンスで書かれているのだが、決して偏ることなく客観的で論理的な内容となっている。対照的な事象を公平に扱うために、さまざまな状況とデータを用いるなど、アプローチ手法も極めて公正だ。正しさは複数あるという人類学の基本的な前提に立ち、部分と全体の比較を丁寧に検証している。 ギャンブル産業の市場規模については、算出するのが非常に難しい。どこまでをギャンブルとするかが国よって曖昧であり、世界中のギャンブルに関するデータを正確に集計するのは不可能だからだ。推計だと、ブルームバーグの調査でおよそ五二〇〇億ドル(約五二兆円)という数字だ。 本書の調査対象には日本のパチンコ業界も含まれている。そのパチンコ業界だが、二〇二〇年度の売り上げが約二〇兆円となっている。だが、不思議なことにパチンコはギャンブルとは認定されていない。あくまでも娯楽という主張であり、レジャー産業に分類されているからである。日本では公営ギャンブルを除いて賭博が違法とされており、パチンコをギャンブルと認めるわけにはいかないのだ。 これこそ、本書が指摘するギャンブル業界と政治の欺瞞にほかならない。パチンコが賭博の規制を逃れているのは、パチンコ店で得た景品を交換所で買い取るというシステムで、形式的な合法を装っているからだ。これは、七〇年以上もの間、パチンコ業界と政治が結託して作り上げた欺瞞と言えるだろう。その結果が、五〇〇万人以上存在するギャンブル依存症患者だ。 二〇一六年、IR推進法案が可決された。これで日本もカジノが合法化へ向かうのである。選択の自由か自己責任か。ギャンブル業界と政治の関わりについて、本書は最適な参考書となるだろう。(甲斐理恵子訳)(ねこくみちょう=元山口組系組長・評論家) ★レベッカ・キャシディ=ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジ人類学教授。