――子どもの頃に持っていた素朴な知的好奇心――加藤夢三 / 日本学術振興会特別研究員(PD)・早稲田大学ほか非常勤講師・日本近代文学週刊読書人2020年4月10日号(3335号)銀河の片隅で科学夜話著 者:全卓樹出版社:朝日出版社ISBN13:978-4-255-01167-7「科学」というのは不思議なもので、扱っている対象は無機質なデータの集積(であると少なくとも思われがち)なのにもかかわらず、ひとはそこに未来への夢や情熱を託そうとする。そこには、根底においてこの世界が「美しく」出来上がっているということへの純粋な感動があるのだろう。 本書の魅力もまた、そのようなこの世界の「美しさ」に対する力強い確信によって支えられている。宇宙の中心としてのブラックホールに向けられたあてどない想念から、素朴な直観と必ずしも一致しない多数決という論理の不思議さ、そして倫理学とデータサイエンスの意外な結びつきにいたるまで、広義の自然科学にまつわるトピックが縦横無尽に展開される。一章あたりの内容はどちらかと言えばコンパクトにまとめられており、本書「はじめに」の言葉を借りるならば、「朝の通勤電車で、昼休みのひとときに、ゆうべの徒然の時間に、順序にこだわらず一編ずつ楽し」めるような構成となっている。 このような科学エッセイは、往々にして一般読者の興味・関心と専門知とのバランスが崩れ、端的に途中からよくわからなくなってしまうものも多いのだが、本書は前述したような構成の妙に加えて、読み手を引き込ませる独特の文体(著者みずから「あまり科学者的でない」と表現しているが、良い意味で評者も同じ感想を抱いた)の効果もあり、気負うことなくページをめくることができるようになっている。何より、著者自身が生き生きと楽しんで書いているのが伝わってくるようで、その興趣を共有したいという率直な思いが、読み進めていく大きな原動力となった。 いくつかの例を挙げておきたい。本書の「第8夜」では、いわゆるエヴェレットの多世界解釈が取り上げられており、その理論的な要諦がアルゼンチンの作家ボルヘスの提示する世界観と重ねられつつ、その奇妙な想像力の一致をもとに「無限の並行世界のいずれに在っても、量子力学のエヴェレット的多世界解釈が必然的に生起した」のではないかと夢想される。あるいは「第21夜」では、安西冬衛の有名な一行詩「てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた」の読みどころが、天文学者カルダシェフの宇宙生命をめぐるユニークな仮説と結び合わされ、詩中の「蝶」が宇宙空間を航行する生命系の象徴ではないかと解釈される……。こうした文系/理系(と、敢えて分別しておく)の境界を悠々と超えて共鳴するイメージを、著者に導かれてひとつずつ手繰り寄せてみると、確かにこの世界の秩序を織りなしている途方もない「美しさ」に快哉を叫びたくなるし、子どもの頃に持っていた素朴な知的好奇心のようなものが止め処なく溢れ出て来るのを感じる。それはまさに、本書の帯文にある言葉を借りるならば「詩情」と呼ぶしかないものであろう。 月並みな言い方だが、詰まるところ「科学」とは「文化」の別名なのだということを実感させてくれる好著である。(かとう・ゆめぞう=日本学術振興会特別研究員(PD)・早稲田大学ほか非常勤講師・日本近代文学) ★ぜん・たくじゅ=高知工科大学理論物理学教授・量子力学・数理物理学・社会物理学。量子グラフ理論本舗/新奇量子ホロノミ理論本家。ジョージア大、メリランド大、法政大等を経る。著書に『エキゾティックな量子――不可思議だけど意外に近しい量子のお話』など。