戦後の高等教育の変遷を考える上で興味深い一冊 室井尚 / 横浜国立大学名誉教授・美学週刊読書人2022年3月4日号 「旧制第一中学」の面目 全国47高校を秘蔵データで読む著 者:小林哲夫出版社:NHK出版ISBN13:978-4-14-088669-4 著者の小林哲夫氏は九五年から長年朝日新聞出版の『大学ランキング』の編集に携わり、現在は教育ジャーナリストとして活躍している。 その関心は大学教育や高校教育を中心として多岐にわたり、日本の大学のブランド力や大学政策、就職問題、大学紛争/高校紛争の歴史や男女共学問題、制服問題にまで広がっており、近代日本の高等教育の歴史をめぐって幅広く発信を行っている貴重な存在であると言えるだろう。あまりそういう人は他にはいない。 本書もまた著者のそうした歴史的探究の一環であり、「旧制一中」(旧制第一中学)が戦後新制高校に切り替わり、現在に至るまでの歴史を紹介している。戦後の高校教育の変遷を考える上でもきわめて興味深い一冊である。 明治一九年(一八八六)の「中学校令」の公布に基づいて設置された教育機関である旧制一中は全国の道府県ごとにただひとつ設置されたエリート校としてきわめて高いブランド力を持っていた。その中には藩校の伝統を受け継ぐと称するものもあれば、県庁所在地ではない都市に設置されたものもあり、いずれもその地域において「第一」を冠する名門校として多くの人々に認知されていたのだ。 戦後になって新制高校に切り替わる際に、GHQの方針で一中は解体されたり分割されたりした。高校三原則(総合制、学区制、男女共学)によって、そのエリート主義が否定されたのである。さらに六十年代、七十年代には一部地域に「学校群制度」が導入され、日比谷高校などが深刻なダメージを受けた。名前も「第一」の名前を継承した高校もあるが(盛岡第一、仙台第一、水戸第一、甲府第一)、多くは改名を余儀なくされた。それでもかなりの数の一中はその「面目」を守ろうとする多くの人々に支えられて今日もしぶとく生き残っている。 ちなみに評者は茨城県立水戸第一高等学校の出身である。ここでは水戸一高という通称とは別に「水中」の伝統を引き継ぐ「水高」という呼び名も在校生・同窓生の間では使われており、校是(至誠一貫・堅忍力行)も校歌も旧制中学時代のものがそのまま伝えられてきた。県知事や市長など地域の実力者に卒業生が占める割合がきわめて高く、土浦一高に東大進学率では抜かれた現在も、附属中学を新たに設置して中高一貫の進学校を目指している。 だが、多くの旧制一中は私立高校や他の公立の名門校に取って代わられたり、校地の移転により全く進学校ではなくなったりして、苦しい戦いを強いられてきた。本書では(すべてではないが)、いくつかの高校を例に上げてこれらの歴史を紹介しており、それぞれのエピソードはとても興味深い。 旧制一中を受け継ぐこれらの新制高校のあり方は一部からは「鼻持ちならないエリート主義」と受け取られかねないが、著者はかつてのブランド力を取り戻そうとする元・旧制一中の戦いに共感を寄せているように思える。誰も責任を取りたがらないリーダーシップ不在の時代に、健全なエリート教育は必要なのだと言いたいようにも見える。(むろい・ひさし=横浜国立大学名誉教授・美学)★こばやし・てつお=教育ジャーナリスト。著書に『高校紛争1969―1970』『学校制服とは何か』など。一九六〇年生。