内田青蔵 / 神奈川大学教授・日本近代建築史週刊読書人2020年7月3日号(3346号)変容する都市のゆくえ 複眼の都市論著 者:三浦倫平出版社:文遊社ISBN13:978-4-89257-130-5都市の再開発は、相も変わらず続いている。通勤経路の途中の渋谷駅は、工事のために乗り換えが不便となり、通勤経路を変えてしまった。横浜駅も、工事が続いている。工事直前の空地の際は、大きな空が見えて気持ち良かったが、再び空の大半を建物が占めてしまった。 こうした大規模の再開発は風景の変化も促す。風景や景観の変化は、都市だけの問題ではないが、本書は、都市を対象にその風景や街の変容をテーマとしている。編著者は、社会学、人文地理学、建築史などの異なる専門領域の研究者たちであり、それぞれの論考とともに都市計画や美学芸術学などの専門家に対するインタヴューも加わるなど、極めて多彩だ。 編著者の構成からも明らかなように、本書の目的は現代都市の様相をひとつのイメージに収束させようとするものではない。むしろ、都市の生活者と訪問者側に立つ研究者による都市への多様なまなざしを示そうとしているのである。そこに通底している都市の認識は、風景や街は常に変化しているということで、その絶え間なく変化していく様相を様々な視点から見ようとしているのだ。その変化は、長いスパンでは地形をも巻き込んだドラステックな変貌の様子が見て取れるし、また、短いスパンでは景観の表層を飾る看板のようなものからも現象学的に街並みの変化を確認できるという。いわば、見方によれば、身近な都市の多様な動きが見えてくることを示し、都市への関心を喚起させようとしているのだ。 収録されている論考で、評者が特に注目したのは新しい都市づくりの動向だ。ひとつは、下北沢地区の開発に見られる「来街者」の権利の存在である。これはある種、専門家を含むよそ者の声も街づくりの大きなひとつの力になり始めてきたことを示すものといえる。また、東京下町の再開発の中で実現している「過去の記憶」の再現と、密集地区の既存のコミュニティによる自力活動を防災力として取り入れた再開発の存在である。いずれも、これまでの都市の再開発の中では無視され、否定されてきたものであったが、現在は、確実に新しい力として計画の一部に組み込まれていることが示されている。 建築史を専門とする評者も、建築の保存運動に関わり、時には取り壊される対象の建物の価値を論じたりもした経験を持つ。ただ、残念ながら結果は負け戦ばかりだった。建築の歴史的価値を論じても、経済原理に基づく開発計画をひっくり返す力にはならないことを痛感してきた。今考えれば、その活動は固有の歴史性だけを強調していただけで、その歴史性を広く解釈し、多くの人々の共感を呼び起こすことはしてこなかった。しかし、新しい都市づくりの中には、その歴史を多くの人々の共有できる〈文化〉として解釈していこうとする動きが見られるのだ。下北沢が土地の所有者や住民だけのものではなく、他者としての「来街者」を引き付けているのは、まさしく、そこの多数の人びとに共通する価値としての文化があるからである。 いずれにせよ、評者は、固有の〝歴史〟を共有できる〝文化〟へと変換させることができれば、歴史は新しい時代の都市や建築を生み出す大きな力となることを本書から学んだ。(うちだ・せいぞう=神奈川大学教授・日本近代建築史) ★みうら・りんぺい=横浜国立大学大学院准教授・地域社会学・都市社会学。著書に『共生の都市社会学』など。一九七九年生。