――カメラを通して人間と自然に潜る――奥野克巳 / 立教大学異文化コミュニケーション学部教授・文化人類学週刊読書人2021年10月1日号スウェーデン宣教師が写した失われたモンゴル著 者:都馬バイカル出版社:桜美林大学出版会ISBN13:978-4-8460-1960-0 本書の中には全編にわたって、今から七十年から百年以上前のモンゴル高原南部の人たち、動物たちが「いる」。自然が「ある」。 写真の中の人たちは、今となっては生き残っている人は少ないだろう。そこに見られる人々の立ち居振る舞いや行いはすでにそうでないものも多いだろうし、なくなってしまった景観もあるに違いない。 消えてしまった人物や事物を今見せてくれる写真とは、改めて不思議な媒体である。その意味で、本書のタイトルの一部が「失われたモンゴル」となっているのは、絶妙である。 写真は、その瞬間瞬間の現実をあるがままに写し取っているだけなのだが、その現実には様々な人間的な現実が写り込んでいる。本書においてそうした人間的な現実とは、スウェーデン人のキリスト教宣教師であり、医師でもあったJ・エリクソンが、一九一三年から四半世紀にわたって、また一九四七年から翌年にかけて自らが経験した現実であった。 その時代の政治状況が、そこには写り込んでいる。エリクソンがホームドクターを務め、信頼を得ていた、内モンゴルの自治・独立運動の指導者であった徳王とその家族がそこにはいた。「病人たち」とタイトルが付けられたパートでは、エリクソンが医師として治療にあたったのであろう、梅毒に罹ったり、怪我を負ったりして、その病身を生々しく曝け出している男女がいる。 清朝政府によって広められたチベット仏教の女性差別に不満を持っていたとされるエリクソンは、仏教僧や寺院や参拝に関しても写真を残している。重い荷物を背負いながら、雪の草原を三年から一三年かけて、五体投地で巡礼したモンゴルの仏教者たちがいる。病死者や餓死者、凍死者を多く出したという。彼らはいったい何を願っていたのだろうか。 民族学の文献では、モンゴルでは風葬が行われてきたと報告されてきた。しかしこれまで実際には、どのように行われていたのかをあまり知ることができなかった。「風葬」のページには、草原に斃れたまま、骨が剝き出しになり朽ちていく人がいる。手袋と靴を着け、天を仰ぐ裸の死人がいる。頭が、枕のようなものの上に置かれている。雪原の離れたところにいるのは、この死骸を置き去りにした人たちだろうか。 気候変動や開発によって草原退化が進む現在のモンゴルで、物理的にはなくなってしまったが、名前だけが残るウランノール湖がある。そこには、捕った魚を湖に放す放生と呼ばれる仏教行事を行う人がいたのだ。馬、牛、ラクダ、羊、山羊の五畜が草を食み、人々を乗せ、人々に乳を搾られているのは、今と変わらない。 エリクソンが使っていたカメラがどういったものであったのかは分からないが、ちょうど彼がモンゴルで写真を撮っていた二〇世紀の初頭は、写真術がますます簡便になり、カメラが小型化していった時期でもあった。ヨーロッパから布教のためにモンゴルに赴いた宣教師はカメラに拠りながら、人間の生と自然の懐に深く潜り込んだのである。 人々の豊かな表情からは、エリクソンがあたかも人類学者のように、人々と良好な関係を築いた上で、撮影に臨んだことをうかがい知ることができる。本書の著者都馬バイカルは、エリクソンが残した写真アーカイブをめぐるインタビューや文献調査を進める過程で、モンゴルの人々や自然「とともに」生きたエリクソンに共鳴し、本書を編んだのである。 本書は、たんなる写真記録集ではない。写真の中にいる人々や風物に、自らとモンゴルの今を重ね合わせ、著者自身によって高められた「写真エスノグラフィー」である。(おくの・かつみ=立教大学異文化コミュニケーション学部教授・文化人類学)★トバ・バイカル=桜美林大学准教授・モンゴル史・インド哲学・仏教学。一九六三年生。