――最先端の議論も踏まえた解説で読み解く――井田茂 / 東京工業大学地球生命研究所・惑星物理学・天文学週刊読書人2021年8月13日号地球生命誕生の謎 カラー図解 アストロバイオロジー著 者:M・ガルゴーほか出版社:西村書店ISBN13:978-4-86706-019-3 生命はビーカーの中で生まれたのではなく、三八億年以上前の初期の地球で生まれた。大気中の酸素は光合成生命の廃棄物だというのが典型例だが、生命は誕生以来、常に地球環境を改変してきた。一方で生命の進化は地球環境の変動に影響されてきた。 つまり、生命の起源と進化は、地球という天体と切り離して考えることはできない。その地球の初期環境は宇宙の中での星々の惑星系の形成進化過程にしたがって形づくられ、宇宙で生成された有機物が地球に供給されて生命の材料になったという考えもあり、宇宙も視野に入れるべきであろう。 その宇宙に目を向けると、太陽系以外に三五〇〇個以上の惑星系が発見され、地球と同じように表面に海を持つ可能性がある岩石惑星が、太陽系の隣の恒星のプロキシマ・ケンタウリ星を含めて、多数同定されている。太陽系内でも、太古の火星には海があった痕跡が多く見つかり、土星の衛星のエンケラドスでは、表面の割れ目から有機物まじりの水が噴き出している様子が詳細に捉えられていて、内部(地下)に海を持つことは確実である。 地球では海などの液体の水の中で化学反応が進んで生命が生まれたことは確実視されている。太陽系外の惑星にも、太陽系内の氷衛星の内部海にも生命が住んでいるかもしれない。生命の誕生・進化は天体に大きく影響されるはずなので、生命の起源を考えるときには、地球という視点だけではなく、宇宙における様々な天体での普遍性・多様性という視点も重要となる。 本書は地球の形成・進化と生命の起源の問題を幅広く解説しながら、最先端の議論まで解説し、生命の起源およびアストロバイオロジー(宇宙生物学)に関する素晴らしい教科書になっている。これまでも宇宙、地球、生命を一冊で語る専門書はあったが、それぞれのパートをそれぞれの専門家が書くケースが多く、それらを結合させる努力は読者に委ねられていた。それに対して、本書は、相互のパートをかなり踏み込んで結合させようとした構成になっている。また最先端の議論まで触れながらも専門的な詳細に深入りをしないで、その議論を研究分野の大きな流れの中で説明する作りになっている。訳者は各章の内容に関する専門家たちであり、訳の専門的正確さも保証されている。 生命の起源のモデルにはいくつもの潮流があるのだが、生命の起源の解説書は、その著者の考え方が強く反映される傾向があり、専門外の人にはなかなか学問分野の全貌をつかみにくいことが多い。だが、本書は生命の起源の各モデルを公平に紹介して、それぞれの長所と問題点を客観的に示してくれている。 実際に他の生命が存在している可能性がある天体が同定されてきたことで、若い人たちを中心にアストロバイオロジーや生命の起源に興味が集まってきている。本書の内容を深く理解するには、大学院生や専門教育を受けた学部生以上の基礎知識が必要であろうが、カラー図解が多くて読みやすく、詳細まで理解できなくても話の流れは理解できるつくりになっており、初学者にもうってつけの一冊だ。(いだ・しげる=東京工業大学地球生命研究所・惑星物理学・天文学)★やぶた・ひかる=広島大学大学院先進理工系科学研究科教授・地球宇宙化学。「はやぶさ2」プロジェクト サイエンスチームメンバー。