――濃厚な毒素とエナジー、スピード感を含む五編――土佐有明 / ライター週刊読書人2021年7月23日号アンソーシャル ディスタンス著 者:金原ひとみ出版社:新潮社ISBN13:978-4-10-304535-9 金原ひとみが小説家として頭角を現したのは、あらゆる物事の輪郭がぼやけ、感情の劣化が顕現した〇〇年代前半。芥川賞を受賞したのが〇四年だ。当時の世相や空気とシンクロしたのだろうか、彼女が小説で描く人物は、自分が「今、ここ」に確かに存在しているという実感を必死で追い求め、もがいている。そんな印象があった。 そんな金原の最新刊『アンソーシャル ディスタンス』(新潮社)は、コロナ以降も視野に入れた五つの短編から成る。アルコール、セックス、不倫など、個々のモチーフ自体は過去作でも頻出していたもの。破天荒で血気盛んな人物たちの精神の荒廃を炙り出す筆致も、基本的に過去作を踏襲している。「ページが刃となって襲いかかる、ひりつく作品集」「人々の叫びに満ちた、返り血を浴びる作品集」という出版社のキャッチコピー通りの本である。 筆者が最も惹かれたのは、棹尾に置かれた「テクノブレイク」。表向きのあらすじは、コロナ感染に過敏な女性と、まったく無頓着な男性というカップルの行き違い。だが、筆者はその裏にある挿話に強く惹かれた。ふたりは激辛料理を愛好しており、それらをたいらげたあと、シャワーも浴びず汗まみれでまぐわう。やがてふたりは自分たちの行為の動画を撮影し、女性はそれを見ながら自慰にふけるようになってゆく。 激辛料理からのセックス。それらは先述した生の実感を手っ取り早く獲得する手立てであり、刺激と痛痒を際限なく求めるふたりにとっての桃源郷だったのではないか。様々な手段で全身を高揚させ、動物的本能のままに濃密な時間を過ごす。そんなふたりの心理的な充足感や充実感が筆舌に尽くしがたいだろうことは、ページを捲るごとに強く実感させられる。 三五歳の女性が、一一歳年下の会社の後輩と付き合う「デバッカー」も秀逸だ。主人公の女性はトイレでまめに化粧を直しながら、自分の顔が二〇代の後輩たちと較べて劣化していることに悩む。セックスの際に年下の彼氏に顔を見られるのが嫌で、彼女は美容外科で施術を受けることに。最初は肌を若返らせる程度だったのが、徐々に本格的に整形にのめり込んでゆき、クリニックを転々とする。また、「ストロングゼロ」は、ストレスからアルコールに溺れてゆく女性を描いた話で、昼間から職場で隠れてストロングゼロを飲む場面の描写が実に生々しい。 金原の小説には、社会に順応できず、生き辛さを感じている女性が多数登場する。彼女らは、自分のルックスや境遇にコンプレックスを抱えており、その違和感や物足りなさを何かで補い、埋めようと右顧左眄する。本作で言えば、セックスや整形やアルコールなどがその「何か」に当たる。だがそれらも、慣れてくるとより強い刺激を求めるようになり、気付いたら依存症に陥ってゆくことも少なくない。 そうした人物たちを、筆者は一笑に付すことはできない。自分が「今、ここ」に生きているという実感が希薄だという感覚は、筆者も思い当たるところがあるからだ。承認欲求を満たされたくて、ネットで不毛なエゴサーチに耽るのも、結局は、今、自分がこの世界に存在しているということを再確認したいからだと思う。 先述のようにモチーフや手法は過去の変奏も含む本書だが、その濃厚な毒素、生々しさやエナジー、スピード感は過去最高と言ってもいい。金原ひとみは常に新作が最高傑作。おおげさに聞こえるかもしれないが、本書を読んでその想いが確信に変わった。(とさ・ありあけ=ライター)★かねはら・ひとみ=作家。著書に『蛇にピアス』(第二七回すばる文学賞、第一三〇回芥川龍之介賞)『トリップ・トラップ』『クラウドガール』『アタラクシア』など。一九八三年生。