――時代の精神や空気を映す〈器〉――桂川潤 / 装丁家、イラストレーター週刊読書人2020年6月12日号(3343号)〈美しい本〉の文化誌 装幀百十年の系譜著 者:臼田捷治出版社:Book&DesignISBN13:978-4-909718-03-7装幀(そうてい)とは「書物を綴じて、表紙・扉・カバー・外箱などをつけ、意匠を加えて本としての体裁を飾り整えること」(大辞林)。平面上の〈テクスト〉を三次元の〈モノ〉、すなわち「書物」に結晶させる技は、ブックデザインとも呼ばれる。 題簽(だいせん)のみが附された和装本がハードカバーの洋装本に変わるのは明治三十年代。文字通り〈自立〉する書物の誕生とともに、出版文化は平台から書棚へ、本の置き方も水平から垂直へと移り、読書人に〈装幀〉が意識されるようになった。黎明期のブックデザインを先導したのは夏目漱石。「うつくしい本を出すのはうれしい」と、アートディレクターとして『吾輩ハ猫デアル』をはじめとする自著の造本に意を尽くし、『こゝろ』や『硝子戸の中』では装幀までも手がけた。漱石手ずからの『こゝろ』の装幀を見ると、まず外函の背には楷書で「心」、表紙の背にはひらがなで「こゝろ」、扉には心臓の象形(篆書(てんしょ)の「心」)、そして函のヒラには「又(右の手の象形)」の右横に縦棒を添えた不思議な字形が置かれている。驚くべきことに、漱石は作品の要となる書名の表記を統一しようとしなかった。不揃いな表記そのものが、移ろう「こころ」を象徴している。漱石自装の『こゝろ』は、装幀が書物の〈外装〉にとどまらず、作品の〈本質〉を照らし出す批評的な行為であることを、はっきりと印象づける。 前置きが長くなったが、本書は、デザイン批評家として知られる著者が「わが国の近・現代装幀史の光芒をたどる初の試み」とあとがきに自負するように、百十年にわたる日本のブックデザイン史を一冊に凝縮した労作だ。一世紀を超える時の流れを見すえ、さらに昨今一年間で七万点以上が刊行される出版ラッシュを縫って、三百数十冊の〈美しい本〉を精選するのは気の遠くなるような作業。編集的な手綱さばきが何より問われるが、著者独自の切り口は、日本の近・現代装幀史を、クロニクル的な〈文化史〉ではなく、バラエティに富んだ〈文化誌〉として、多様な角度から浮き彫りにすることに成功している。 本書の最大の特徴は、専業のブックデザイナーによる仕事ばかりでなく、〈装幀家なしの装幀〉、すなわち著者、画家、書家等の芸術家や文化人、さらには編集者による装幀を積極的に紹介し、装幀史の厚みを確かにとらえている点だ。社会全体に業種や職能を固定的にとらえる傾向が強まるなか、百十年の装幀史における専門外の芸術家の仕事を積極的に紹介した意義は大きい。たとえば武満徹が装幀した『中井英夫作品集』。武満自身による大胆なヴィジュアルと色彩・レイアウトの感覚は驚くばかりだ。高松次郎によるル・クレジオ作品の装幀も、この芸術家の知られざる一面を見せてくれる。さらに恩地孝四郎、芹沢銈介、棟方志功、駒井哲郎、加納光於、司修、野中ユリ、柄澤齊といった版画家の装幀に多くの紙幅が割かれている点も興味深い。彼らの仕事は、ブックデザインの第一人者・菊地信義をはじめ多くの装幀家に影響を与えている。 昨今の装幀シーンについて、著者は「既存の出版界の萎縮を映すかのように全体的には小粒になった」と記す。それはまた、ブックデザインのみならず本づくりの〈画一化〉への警鐘でもあろう。「装幀は時代の精神や空気を映す器」という著者の表現も言い得て妙。書物も装幀も、時代を切り拓くばかりでなく、時代を反映してもいる。その二重性こそが、書物という〈モノ〉ならではの特性なのだから。装幀を支える用紙や書体、タイポグラフィ(文字による構成・表現)への目配りにも、出版全盛期を生きたデザイン編集者ならではの知見を感じた。 本書を刊行したのは、著者の薫陶を受けた宮後優子が主宰するBook&Design。書名を体現したブックデザイン(佐藤篤司)と、高度な技術を結集した担当各社の印刷、箔押、製本にも注目したい。(かつらがわ・じゅん=装丁家、イラストレーター) ★うすだ・しょうじ=グラフィックデザインと現代装幀史、文字文化分野の編集協力および執筆活動に従事。二〇二〇年、日本タイポグラフィ協会顕彰第十九回佐藤敬之輔賞を受賞。一九四三年生。