――生物にみられる多様な美の根源に迫る――長谷川克 / 石川県立大学客員研究員・進化生物学週刊読書人2020年5月15日号(3339号)美の進化 性選択は人間と動物をどう変えたか著 者:リチャード・O・プラム出版社:白揚社ISBN13:978-4-8269-0216-8本書は生物の美しさの意味を科学的に論じた書籍であり、高名な進化生物学者である著者の生物進化観が堪能できる。マイコドリの多様な求愛や翼の楽器化、螺旋状に渦巻くカモのペニス、ニワシドリが作る安全柵付きの求愛ステージ、羽毛恐竜の色彩解明など、紹介される各エピソード自体も興味深く、実際に研究に関わった著者だからこその裏話も楽しい。 とはいえ、本書の主眼はあくまで美の進化と多様化についての著者の主張にある。現在の主流は、美が異性に向けた暗号であり、そこに有益な情報が込められているからこそ進化したとする見方だが、こうした見方は合理性に囚われ過ぎているという。著者はむしろ、各生物が美しいと感じること自体によってそれぞれの美が進化し、美的センスもそれに伴って洗練されていったのだと主張する。(少し難解な部分とはいえ)一般書籍でその論拠の解説があることは、私も進化生物学者の端くれとして率直に嬉しく、本書によって長年の疑問が解ける読者も多いように思う(私たちヒトの美に限定しても、同量の脂肪が女性の胸につけばおっぱいとして持て囃される一方で、腕や腹につけば贅肉として忌み嫌われることなど、誰しも一度くらいはその理不尽さに疑問を抱くのではないだろうか)。現在の機能だけでなく、過去の進化の歴史を踏まえた丁寧なアプローチが採用されていることからも、近視眼的でない著者の見方に感じ入るところがあるだろう。 話は不合理な美的センスも認めていたチャールズ・ダーウィンと、自然選択を唯一の拠り所として全てを合理的に説明しようとするアルフレッド・ウォレスの対比を印象付けながら進んでいく。著者によれば、唯一の神を崇めるキリスト教信者にとってウォレスの自然選択万能論は受け入れやすい世界観であり、ダーウィンが説く多様な美的センスはその新たな世界観の普及を妨げる邪魔者として排除されてしまったのだという。動物(の雌)ごときは受け身の存在に過ぎず、美の評価などといった高尚なことをできるはずがないという、ヴィクトリア朝当時の高慢な思想もこれに拍車をかけてしまったようだ。著者は実例の紹介を通して、動物の雌もその多様な美的センスと性的自律性で異性の見た目や性質、社会構造まで積極的に改変していることを明かし、排除されたダーウィンの世界観こそ、生物進化の核心を捉えたものだと訴える。 現代の日本人からすると、動物が美的センスをもつことに不満もないし、(評論家が何と言おうと良いものは良いのと同じで)美的センスに必ずしも合理的な裏付けがないことも直感的に知っているので、著者の主張を当然のことと捉えてしまうかもしれない。逆に、西洋文化圏の読者向けに書かれた例えや論理展開がかえって分かりにくく感じる、あるいは、馴染みのない奇抜なアイディアに面食らってしまうこともあるだろう。しかし、そうした各自の立ち位置の違いとその世界観への影響まで含めて楽しめるのが本書の醍醐味だと思う。立ち位置を変えて考えてみたり、自身の立ち位置を客観視して別のアイディアを論じてみたりして、生物の美も本書自体も存分に楽しんでほしい。(黒沢令子訳)(はせがわ・まさる=石川県立大学客員研究員・進化生物学) ★リチャード・O・プラム=イェール大学鳥類学教授、イェール・ピーボディ自然史博物館脊椎動物学部門主任学芸員。世界中で鳥類学のフィールドワークを行なう。中国産の獣脚類恐竜の化石を研究し、恐竜の羽と色の発見に貢献した。マッカーサー・フェローやグッゲンハイム・フェローなどを数々受賞。