――閉鎖社会に分け入る仕事論・京都論・文化論――にしかわゆうこ / 元京都文教大学教授・日仏近現代文学・女性史・ジェンダー論週刊読書人2020年6月5日号(3342号)配膳さんという仕事 なぜ京都はもてなし上手なのか著 者:笠井一子出版社:平凡社ISBN13:978-4582838275本書は、仕事論であり、京都論であり、登場人物「配膳さん」たちが生きていた一九八〇年代、今ではレトロ感のある日本型近代を問う文化論として読むことができよう。笠井一子は、数寄屋大工など伝統建築の職人論で知られている。本書はじつは職人論以前に書かれ、笠井が最初に世に問うた作品であった。一九八八年から一九九一年の二年余にわたって料理雑誌に連載され、単行本として一九九六年に出版されている(『京の配膳さん』向陽書房)。本書はその新装改訂版である。 大工仕事の場合、桂離宮修理など、成果が目にみえる形で残る。ところが配膳さんは西陣織の織元、機屋、清水焼の問屋が全国の得意先を料亭に招いて接待する宴会、茶道華道の各家元の初釜や野点、展覧会、寺院で開催する大寄せの茶会、同業あるいは同階層の通婚圏内でなされる家式婚礼、各流派の演能、さらには祇園祭り等を、裏方の総指揮者として取り仕切る。裏方ゆえに仕事の大部分は隠され、催し物は上演芸術とおなじく、終われば夢の跡を残さず、が原則である。この仕事には空間と人間関係を瞬時に把握する判断能力、変化にたいする即応力、お道具をそろえ、掛物や床飾りをしつらえるコーディネート感覚、働き手たちをつなぐ統率力、円滑に事をすすめるコミュニケーションとネゴシエーション能力、客の心をつかんで離さない演出力などなどの高度な知的能力が要求される。その一方で、ときに一品、料理をつくる、能舞台ではシテの身長にあわせて作り物を手掛けるなど、雑役にして芸術家を兼ねる。 曖昧模糊として矛盾にみちた存在である配膳さんたちにインタビューをかさね、彼らの語りを記述に生かすことにより、笠井一子はよそ者を標ぼうしながら閉鎖社会の奥深くに分け入ることに成功している。配膳さんたち自身も、京都出身とはかぎらず、世襲の割合は少ない。インタビュー当時六、七十歳代であった配膳さんたちの多くは戦争体験者、敗戦時の復員青年であった。時代の病であった結核の療養に三年も費やした人、遠洋航路船の機関部勤務だった人、映画の撮影所でエキストラのアルバイトと兼業で配膳をはじめた人、戦時中に奢侈産業とされて機屋を廃業、やがてこの仕事に転じた人、西陣の糸繰りだったが、大きな宴会があるたび配膳さんになりかわっているうち、こちらが本業になった人もいる。三代目配膳と言う人は、先々代が歌舞伎役者をやめて始めたと語る。過去の体験のすべてを生かして社会変動を生き抜いた男たちの物語が随所にちりばめられている。 紋付き袴に身を固めたその存在が宴会の格上げをするにもかかわらず、配膳さんたちはひとつの企業体や組織に専属することが少なく、固定給ではなく日当および祝儀で生きる。配膳さん同士は、お互いに時間、労力、技術を融通しあいながら、さまざまな場面での離合集散をくりかえす。本書の各章は寺、家元制度、花街の料亭、能楽堂と場面を移してゆくのだが、同じ配膳さんがあちこちの章に顔を出し、また配膳同士が、競争相手である別の配膳の伝説的特技や神話的なエピソードを披露する。家元制度、寺院から会社まで、日本型経営は上下関係のきびしいピラミッド型組織である。ところが、各閉鎖社会のあいだの贈与、交換、交通の円滑剤として働く配膳さん同士は、競争相手でもあるお互いをぎりぎりのところで生かしながら協力する水平関係にあるらしい。 本書の初版出版はバブル崩壊期であった。新装改訂版の今年は、世界規模の疫病流行の後に経済恐慌と政治紛争が来ることが恐れられている。これから予測不能な時代を生きなければならないわたしたちは、不自由を生きた自由人だった配膳さんモデルのように、他者を生かすことで自分の仕事を創出し、共に生きてゆかねばならない。 新装改訂版を編集した平凡社の松井純は、今年二月に急逝、『週刊読書人』三月一三日号には「追悼・松井純 二〇〇冊に及ぶ本の産婆役」が掲載された。四月刊行の本書は編集者松井の最後の仕事のひとつである。装幀は、いくどか松井と組んで仕事をした間村俊一。表紙には、配膳の仕事の頂点は客の帰り際にあるという言葉のとおり、姿勢をただして客を送り出す配膳さんの着物姿に背後から午後の陽光が射し、しかも全体には雪が舞う不思議な写真が用いられている。ブックデザイナーは配膳さんの佇まいに数々の本を送り出した編集者の面影を重ね、追悼の気持ちを涙雨ならぬ春の雪にこめた、と思えてならない。(にしかわ・ゆうこ=元京都文教大学教授・日仏近現代文学・女性史・ジェンダー論) ★かさい・かずこ=ライター。道具や職人、生活文化に関する記事を雑誌に執筆する。著書に『プロが選んだ調理道具』『京の大工棟梁と七人の職人衆』『京の職人衆が語る桂離宮』『棟梁を育てる高校』など。