浅野健一 / ジャーナリスト・元同志社大学大学院教授週刊読書人2020年5月29日号(3341号)国策不捜査 「森友事件」の全貌著 者:籠池泰典出版社:文藝春秋ISBN13:978-4-16-391176-2大阪府豊中市の国有地を八億円も値引きし、売却に関わる財務省の公文書が改ざんされた事件は「森友事件」と呼ばれることが多いが、私は安倍晋三記念小学校(「瑞穂の國記念小學院」と後に改名)疑獄事件と表現している。 二〇一七年二月九日の朝日新聞のスクープで発覚したこの事件では、安倍首相の妻、昭恵氏が名誉校長を務めていたことから、国会で問題化した。しかし、国有地売却、文書改竄に関わった公務員は一人も逮捕されず、関係個所の家宅捜索も行われなかった。 その一方で、安倍記念小の一七年四月開校を目指していた「森友学園」の籠池泰典・前理事長と妻諄子氏は逮捕、起訴され、今年二月一九日、有罪判決(泰典氏は懲役五年の実刑、諄子氏は懲役三年執行猶予五年)を受けた。夫妻は二月二七日、大阪高裁に控訴した。 夫妻は大阪府・市の補助金と国の補助金をだまし取ったとする詐欺罪などに問われている。籠池氏が法に触れる行為をしたことは事実だが、補助金適正化法違反で公判請求すべき事件を詐欺事件とし、夫妻を任意捜査もなしにいきなり同時に逮捕、三百日も勾留したのは「国策捜査」としか言いようがない。実際に補助金申請書を作成したキアラ建築研究機関と施工の藤原工業は、事実上の司法取引で免責された。 一審判決直前に緊急出版された五百頁に及ぶ本書の帯に〈安倍さん、なぜ「嘘」つくんですか〉とある。籠池氏の生々しい独白と、共著者の赤澤竜也氏が独自取材に基づいて補足説明・論点整理を行っている。 冒頭は、泰典氏を取り調べた堀木博司・主任検事との攻防の再現だ。「すべてを告白して新たな人生を歩め」「自白しても起訴、せずとも起訴」と迫る検事。接見禁止が付いたため、子どもたちとの連絡も絶たれる中で、否認を貫いた。 当初は、国有地の売却問題も聞かれたが、途中で関心を示さなくなった。背任容疑で告発されていた財務省幹部ら三八人は一八年五月三一日、全員不起訴になったが、籠池氏は「国策不捜査」だと指摘する。 報道陣による連日にわたる自宅前の張り込み、逃げる籠池氏を尾行するパパラッチのバイク。度重なる全国紙の誤報。報道される側から、狂乱振りを見せたマスコミの功罪も検証する。 安倍記念小疑獄をめぐっては、首相が一七年二月一七日の国会で、「私や妻が関係していたということになれば、私は間違いなく総理大臣も国会議員もやめる」と啖呵を切ったことがよく伝えられるが、首相はその前に「私や妻はこの認可あるいは国有地払い下げに、もちろん事務所も含めて、一切かかわっていない。もしかかわっていたのであれば、私は総理大臣をやめる」とも発言している。「妻」だけでなく、「事務所」(秘書ら)が何らかの関与をしていれば首相も議員もやめると言っているのだ。 本書には、昭恵氏と事務所秘書の事件への関わりを証明する衝撃の事実が明らかにされている。昭恵氏との出会いの経緯から決別までの関係が電話やメールで示され、「アッキード事件」と称されるように、昭恵氏との出会いが「神風」になったことが分かる。 籠池氏は二月一八日、当時の代理人だった酒井康生弁護士から、「一七日、財務省の(佐川宣寿)理財局長より、『籠池さんに身を隠してほしい』との依頼を受けた」と告げる電話を突然受ける。籠池氏はこれを命令と受け止めた。 安倍事務所の初村滝一郎秘書から二月二三日昼過ぎ、京都に身を隠していた籠池氏の携帯電話に突然電話があった。 「おたくの瑞穂の國記念小學院のホームページに載っている昭恵夫人の写真とコメントを削除してください。夫人も了解済みです。即刻削除してください。いいですね。今から幼稚園の方にもファクスを送ります。すぐに記事を削除してください」 籠池氏は、「恫喝に近い口調で迫ってくる」初村氏の命令に仕方なく従った。籠池氏は「この時点で国家の意志は決まっていた」と振り返る。午後三時四一分、籠池夫妻が留守をしていた塚本幼稚園に、「衆院議員会館1212号室(安倍事務所)からファクス」で、「昭恵夫人が名誉校長を辞任するのでホームページから削除を」という依頼文書が届いた。 籠池氏は、「昭恵夫人も了解している」という初村秘書の発言はウソだと断言する。 昭恵氏は二月二六日、「お辛いでしょうが、頑張ってください」というショートメールを籠池諄子氏に送っている。翌日にも「頑張りましょう」というメッセージがあった。夫妻は昭恵氏と電話でやりとりし、昭恵氏は名誉校長退任を事前に聞かされていなかったと述べ、「私はいまでも心の中では名誉校長なんです」と話したという。 籠池氏は三月十日、同小學院の認可申請を取り下げるが、昭恵氏は三月一五日に電話で、「私もわからなかったんです。知らなかったんです」などと釈明している。これが最後の交信になる。 文書改竄を強制され自死した赤木俊夫・近畿財務局上席国有財産管理官(本書では「Aさん」)とのやりとりが数カ所出てくる。今年三月一八日、Aさんが赤木俊夫さんとして、「週刊文春」などの見出しになった。元NHK記者の相澤冬樹氏の大スクープだった。妻の雅子氏が、夫が自死の直前に書いた「手記」の全文、手書きのメモを公開し、国と佐川氏を被告とする国家賠償請求訴訟を起こした。安倍記念小疑獄は赤木氏の遺族の決起によって、再燃した。 本書の最後には、大阪地検特捜部が財務省幹部らに不起訴処分を出したのは、安倍官邸が当時の黒川弘務法務省事務次官(東京高検検事長、五月二二日、賭けマージャンで辞任)を通して地検に捜査終結を仕向けた結果で、黒川氏は「次期検事総長の有力候補」とも書いている。 籠池氏夫妻は控訴審で、丸山輝久弁護士(第二東京弁護士会)らの新弁護団五人で組んで、国策捜査と対決する。 籠池氏と評者は同郷(讃岐)である。籠池氏は五月一七日、「当事者として知っていることをすべて書いた。舌足らずの点もあるので、ユーチューブでの発信を視聴してほしい。二審で正義の判断が出るように全力を尽くしたい」と述べた。(あさの・けんいち=ジャーナリスト・元同志社大学大学院教授) ★かごいけ・やすのり=本名は康博。香川県高松市出身。一九九五年、学校法人森友学園理事長に就任。二〇一七年三月、同理事長を辞任。同年七月、大阪地検特捜部に補助金詐欺容疑で逮捕され、一八年五月に保釈される。一九五三年生。